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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



 なまえがシャワーを浴びて着替え、化粧と髪のセットをしていたら、ゴン! という派手な音と一緒にベッドから荼毘が落ちた。パッと弾かれたようになまえはそちらを向く。
「荼毘さん、大丈夫? おはよう」
「……」
「変な体勢だと体痛くなるよ」
 声をかけても荼毘が動く様子がないので、なまえはヘアアイロンを置いて駆け寄った。半端にベッドに乗った体がズルズルと落ちながら床に座るのを手伝い、なまえも隣にしゃがんだ。ぼうっとしているから頭を打ったのかもと覗き込もうとして全裸なのに気がつき、そっとベッドから枕を取って足の上に乗せた。
「荼毘さん?」
「…………」
「だいじょう……わっ!」
 荼毘は、急になまえの肩を掴んだ。青い瞳が迫り、なまえをとらえる。反射的に目を閉じたが、肩が燃えたりはしなかった。目を開けると、かわらず瞳がなまえを見ていた。
「な、なに」
「お前、雄英通ってんのか?」
「え?」
「その制服雄英のだろ」
「うん、そうだけど……? 知らなかったの?」
「知らねえ」
「昨日も会った時から着てたよ? 今日学校だし、準備できたらすぐ出るよ。ねえ、どこも打ってない?」
 頭と顔、肩からお腹にかけてを撫で、どこも平気なことを確認して立ち上がる。時計はそろそろ出ないとまずい時間を示していた。なまえは中途半端だった前髪をきちんと作り、髪を結んで全身を鏡にうつし一回転したあと、ベッドの下からずっと動かない荼毘のところにまた寄った。
「つぎいつ会える?」
「……」
「……。じゃ、行くね」
 口の端にひとつキスをしてなまえはホテルの部屋を出て行った。荼毘が大きくため息をついたことを知らないまま。
 授業が終わり、なまえは校舎を出た。昨夜は荼毘と過ごして家に帰らなかったから、連絡したとはいえ父と母に小言を言われるに違いないと思うとなんとなくすぐには帰りたくない。ボールペンのインクがそろそろ切れることを思い出し、もっともらしい理由をつけて街へ出ることにした。それに、新作のリップグロスが少し前に出たはずだ。かわいい色だったら買って、そしてコーヒーを飲みながら帰ろう。完璧な予定になまえがひとり微笑んでいると、視界の隅がメラリと青く燃えた。え、と思う暇なく誰かに手首を掴まれ、路地裏に連れ込まれる。声も出なかった。
「雄英セキュリティ厳しいんだな」
「だ、荼毘さん」
「どこ行くつもりだ?」
「買い物……」
 そこにいたのは今朝まで一緒にいた荼毘だった。きつく手を握られながら、なまえは頭にクエスチョンマークを増やす。荼毘とは頻繁に会う仲ではない。だからいつもなまえは、帰り際に次いつ会えるかを聞く。それに、会うのならホテルで、きっかり一晩過ごすだけのはずだ。こんなところで顔を合わせることはこれまでに一度もなかった。なぜこんなところに? でもこの口ぶりや声色だと、今日なまえのことを燃やすつもりはないようだ。
「お前ヒーロー科じゃないよな?」
「うん」
「ヒーロー科とつるむのか? “個性”を使う授業は?」
「な、ないよ」
「本当か?」
「体育祭とかは“個性”使ってもいいけど、わたしは普通科だから別に頑張ったりしないし……。ヒーロー科は独自のカリキュラムが組まれてるから、あんまり会わない」
 まくし立てるような質問に心臓が激しく音を立てながらもなんとか答えた。意図がよくわからない。なまえの答えを聞いた荼毘の顔は時間を立ててほっとしたようになっていった。
「なに? 急に……」
「怪我でもされたら面倒なんだ」
 面倒って? クエスチョンマークは止まらなかった。時間がたつと心臓もいつもどおりに戻っていく。これからの楽しい予定が一気に潰されたような気がして、なまえは気分が下がった。しばらく会えないと思っていた荼毘に会えたことはいいがそれとこれとは話が別だし、話す内容がよく理解できない。おそるおそるなまえが見上げると、それに気づいた荼毘はふっと笑ってなまえの額に口付けた。

 それからというもの、荼毘は必ず下校中に現れた。しかも毎日だ。毎日違う薄暗い道を選んで、なまえを家の近くまで送ってくれる。しかも、ホテルには行かない。ホテルに行くのはこれまでの頻度のままで、だからこそなまえは、困惑した。
「あの、荼毘さん」
「ん?」
「わたし、何かした?」
「何がだ」
「毎日会ってるから……。気に障ることでもしたかなって」
 握らされたクシャクシャの千円札で二人分の飲み物を買い、それを飲みながら帰る。「釣りは取っとけ」と毎日言われて、五百円以上のお釣りがもうだいぶ貯まった。一銭たりとも使わずに部屋に置いている。きちんと数えてはいないものの、アルバイトをしていないなまえにとっては結構な大金と言えるような金額だった。今日の荼毘は缶コーヒーを、なまえは炭酸飲料を持って、また知らない道を歩いていた。
「お前が俺のことを雄英にチクらないよう監視してんだよ」
 なまえは、今更だ、と思った。荼毘と知り合ってそれなりの期間になる。なまえは荼毘が何者なのか知ってるし、自分が通う学校に危害を加えたことのあるチームの一員であることも分かっている。最初は学校の情報を聞きたくて近づかれたのかと警戒もしたがそんな素振りはまるでないし、そもそもなまえが雄英高校の生徒だと初めて知ったのはつい先日だったはずだ。
 楽しげな声に水をさすようなこともできず、なまえは小さく「そっか」と残すだけだった。

 その日も下校中だった。通ったことがあるかないか曖昧な道で、突然荼毘が口を開いた。
「足の包帯はどうした?」
 暗がりはひどく冷たく、知った声のはずなのになまえは背筋が凍る。右足の脹脛には昨日までなかった包帯が目立っていた。
「え……っと」
「“個性”使う授業はないんじゃなかったのか。ただ転んだだけならそこまでにはならねえだろ」
「ないよ! これは転んだんじゃないし」
 隠すつもりはなかったがどんどん尻すぼみになってしまい、まるで言いたくないかのようになってきた。荼毘の青い眼が鋭くなまえを射抜くから、悪いことはしてないのに泣きそうになった。
「ひっ、昼休み! サポート科が作った仮想敵のロボットみたいなのが暴走しちゃって……偶然近くにいて、巻き込まれた」
「……」
「でも、すぐに先生が来てくれたし、ちゃんと手当てしてもらったし、見た目よりは酷くないよ……」
 なぜ言い訳がましくなっているのか自分でもわからない。
至近距離からなまえを見下しながら、荼毘はしばらく黙った後包帯が巻かれた部分を軽く蹴った。
「いったい!!」
「気をつけろ」
「いや今のは荼毘さんが蹴ったから」
「勝手に傷を作るな」
「……」
「返事は」
 はい……、と口に出す前に、冷えていた空気が元に戻っていたのに気がついて、なまえはそろりと視線をあげた。鋭い眼は元に戻って、いつものようすでこちらを見ていた。返事、と瞳が言っている。
「は、はい……」
 そうか、これは、心配してくれていたのか。怪我の指摘も、帰りに送ってくれるのも、心配からだったんだ。別に自分は荼毘のものではない。荼毘もそう思っているはずだが、なんだか嬉しかった。だって、普通の人と人みたいだ。
 なまえは今日はじめて自分の行く末を意識した。




200701 お題箱より(雄英高校に通っている夢主の学生生活が気になる過保護な荼毘)