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「彫るか?」

 手鏡で胸を写しながらため息をつくと、キャプテンがそう言った。

「なにを?」
「タトゥー」

 人差し指が机を叩くのを見る。言われてすぐには噛み砕けなかったけど、すこし考えたら意味がわかった。

「わすれてた!」
「だろうな」
「そっか、この上から彫ったらわかんないよね」

 胸に撃たれたのは1ヶ月前くらいだ。避けることができなかった、ダサい傷。怪我は沢山してきたけど、死ぬかもと思うのは今回きりにしたい。わたしがこの船で海賊してなければ死んでただろうと、冗談抜きで思う。キャプテンの手をわずらわせてしまったのは申し訳ないが、きちんと治してくれて本当にありがたかった。わたしはキャプテンをこの世で一番尊敬しているが、その次に尊敬するべきなのは医者だと思っている。キャプテンはキャプテンで医者だから、もうとんでもないリスペクトを向けている。銃創は残ってしまったけど、生きてるなら大丈夫。なんならこれまでの傷痕がかわいく思えてくる。
 タトゥーは、キャプテンの背中にあるマークをわたしにも彫ってくれと前々から頼んでいた。だめだと言われるかなと思ってたけど、そんなことはなく嬉しかったのは覚えている。なかなかタイミングがなくてすっかり忘れてた、でもキャプテンは覚えててくれたんだ。

「どのくらい痛い? キャプテン自分でやったんでしょ?」
「それなりには痛い」
「……」
「どうする」

 たのしそうにキャプテンはわたしを見ている。キャプテンのそれなりに痛いは、わたしのすごく痛い、だ。
 じゃあやるか、となったら怖気づいている自分がなんだか情けなかった。死にたくなるくらい痛い思いは何度かしたけど、自分から痛いことをするとなるとまた別の話だ。ピアスも、開けたい開けたいとか言いつつ結局開けてないし。

「……まァ一度入れたら二度と元の肌には戻れないからな。ちゃんと考えるのはいいことだ」

 なんと優しいことだろう。わたしの心配までしてくれている。わたしたちクルーはキャプテンのこういうところが好きだ。ぜひ今のを、シャチとペンギンにも聞かせてあげたい。

「……うーん、でも、いやキャプテンを責めるわけじゃないんだけど、この胸の傷結構えぐいよね?」
「いつものお前の服装なら目立つだろうな」

 わたしはいつも薄着だ。つなぎの下はチューブトップだし、島に降りるときはつなぎを脱いで私服。いつも胸は出している、そうするとこの傷は丸見えになる。それならばタトゥーを入れたほうが当然見栄えがいいだろう。海賊だからといっておしゃれを諦めたくなかったし、それに私服だと自分がハートの海賊団だという証明ができないのに困っていた。これなら一発だ。

「やっぱり彫る。お願いします。お金はきちんと貯めてるから」
「いや金はいい」
「え、なんで?」
「なまえの体に一生消えない傷をつけることができるんだ、これほど価値のあることも、ない」

 ぞっとした。大きな手が傷のある胸の上のところを撫でてくる。わたし、この船に命をかけるという意味で彫るつもりだったんだけど……。あれ? キャプテンの顔が見れない。
 キャプテンのこと……尊敬している。好きだ、この人と船のために死んでも構わないと思うから、この船のジョリーロジャーをタトゥーとして入れようとした。それ以上はない。それ以下もない。でもキャプテンはそうじゃない。
 さっきの、もしかして最終確認だったんじゃないか。心配だと思ってたのって、わたしだけなんじゃないか。お願いしますお金も貯めてますと言った手前、もう拒否はできない。お金払うからやめます、やめさせてくださいとでも言えばいいのだろうか。答えは否だ。わたしがキャプテンがどんな人間なのかを知っていた。



200128