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 ライターが点かない。腐るほどあるはずの代えが、こういうときに限って見つからない。イライラしながら散らかったテーブルを漁っていると、後ろから声がかかった。

「なに」
「火」
「ああ……。……ああ〜、どうも……」

 メラリと青が近くにやってきて、煙草に火をつけてくれた。うまいと息を吐くと、荼毘は馬鹿にしたように笑う。

「燃える“個性”なら良かったのにな」
「ほんとにね。一ミリも役に立たん“個性”に生まれちゃって悲しいよ、あ〜〜うまい」
「何の“個性”だ? そういえば」

 パチと瞬きをして荼毘を見つめる。てっきり知っているからそういう話題を振ったのかと思っていた。わたしが火を扱う様子がないから炎系の“個性”ではないと確信していたのだろうか。煙草を半分まで減らして、白い息をゆっくり吐いたあとに膝を叩いた。荼毘が首をかしげる。

「安眠」
「安眠?」
「わたしの膝で眠ったら安眠できる。いい夢も見れる」
「気の抜けたやつだな」
「わたしもそう思う。でも本当。寝てみる?」

 火を消すまでは寝ませんというような表情だったので一回だけ吸って灰皿に押しつけた。フワフワのソファカバーが洗ったばかりだったのを今更思い出す。案外素直に膝に頭を乗せてきた荼毘を撫でた。

「ちなみに今は眠い?」
「そうでもない」
「そうすか……でも最高にねむれるよ」
「どうだかな」

 そうは言った荼毘は次の瞬間にはもう寝ていた。わたしの膝で眠る人間は、みんな気絶するように落ちていく。自分の“個性”はしょうもないと思っているけど、人が眠りに落ちる瞬間というのはそうそう見れるものじゃないので嫌いではない。手入れのされてない髪の硬さがズボン越しでも分かった。
 今だけは、いつもの何を考えているのかわからない笑みも、怖い顔も、眉間のしわもない。気持ちよさそうに寝ているように見えるか。わたしは自分自身の“個性”の恩恵を受けることができないので、膝で誰かが眠るたびにすこしうらやましくなる。どんな夢を見るんだろう。最高の目覚めってどんなだろう。

 時間が経って、何度も他人に膝を貸したことはあるからそこは問題なかったけど、煙草が吸いたくて仕方なくなったのが問題になってしまった。寝ているところは起こせないし届く範囲のライターはオイルが切れている。さっきの煙草は荼毘に火をもらったし。ムカついてライターを払ったら床にぶつかる音が虚しく響いた。でも荼毘は起きない。わざと声を出しても起きない。
 諦めて寝ることにした。そういえば、誰かに膝枕をしたまま自分も寝るのは初めてだ。体がバキバキになりそうだなと思った。



 ぬるりとした感触に不快感を覚え手を見ると、血でベッタリと汚れていた。ハアという生温かいような息が聞こえて前を見ると、荼毘がいて、いつもの薄汚れたシャツがやっぱり血で汚れている。叫びそうになった。これは夢だ。
「なんで……燃やさないの」
 夢の中のわたしは勝手に喋り始める。いつのまにか手には刃物が握られていて、それも例外なく血で濡れていた。荼毘はフ、と笑ってから膝をついた。この血が誰のものなのかなんて考えなくてもわかる。
「分からない。でも俺はお前に謝らないとな」
 謝ることなんて一つもない。手に力が入らなくなって、刃物を落とした。血溜まりの中、濡れていない部分の刃だけが光っているのが見える。
「もっと真っ当に過ごしたかっただろ」
 今が真っ当じゃないと言いたいのか。そう思っても夢の中だからか口にすることはできない。確かにわたしはここに立っているのに、わたしの体なのに、どこか客観的だ。カサカサになった唇が震える。
「そうなのかも」
 最悪な夢だ。大量の血なんか触ったことないのに、リアルだと感じる。こんなものは嘘だ。荼毘は笑ってうつ伏せに倒れた。そして動かなくなった。



 お腹が苦しくてハッと目を覚ます。ぼんやりしたりはせずに一気に覚醒した。荼毘がわたしの体に腕を回していたらしい。寝づらいだろう格好に呆れる前に、夢が夢だったことに安心した。今の悪夢はわたしの“個性”が関係しているのだろうか。初めてのことだからよく分からない。発現してだいぶ経つというのに、知らないことはまだまだあるらしい。本当に最悪だ。
 耳の下から顎を伝う不快な汗をシャツの襟で拭ってから回された腕をそっと外すと、荼毘が目を開けた。

「……どうした」
「え?」
「酷えツラしてる」
「……嫌な夢見ただけ」
「他人にいい夢見せる代わりに自分は悪夢か?」

 転がるようにして荼毘は膝から離れた。置いていた煙草を取って、また火をつけてくれる。深く吸うと、嫌な気持ちやイライラがゆっくりと散っていくような気がした。汗も少しずつ引いていく。頭を掻くと、髪の根元が湿っていた。

「眠れた?」
「久しぶりにな」
「いい夢見ましたか?」
「覚えてねえ……だが良かったのは覚えてる。燃えはしなくても役に立つ“個性”だな」
「わたしはそれにお世話になれないから、実感ない。しかも、自分には悪夢見せるってひどくない? 今日初めて知った」
「どんな夢だったんだ?」
「…………言ったら現実になりそうだから言わない」

 自分がどんな顔をしていたのかはわからなかったけど、荼毘はわたしを見て両眉を上げながらも追求はしてこなかった。

「また頼む」
「ええ……嫌だ」
「火貸すかわりに膝貸せ」
「わたしの負担デカくない?」

 言葉は違うがまた膝枕してくださいと言ってるようなものだと気づいて吹き出しそうになった。それってなんだか、普通の恋人みたいだ。真っ当、みたいだ。なんだか悲しい。わたし自身が、今を真っ当じゃないと思っている。夢の中の自分は「そうなのかも」なんて曖昧な言葉を返して荼毘の言葉をうやむやにしてしまった。もう誰かに膝を貸しているときに居眠りなんかできない。今日のは最初で最後だ。これ以上何も考えたくない。
 今のままがいい。どうなりたいかなんて今はどうだっていい。無意識に滲んでいた涙を拭った。それを見ても、やっぱり荼毘は何も言わなくて、安心した。短くなってきた煙草を最後に一度だけ吸う。いつもより、苦いと感じた。





200315 お題箱より(荼毘に膝枕)