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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

ざわつく小部屋


 島の食堂で皿に顔を突っ込んで寝ていたエースが起きれたのは、マルコが覇気で、しかも全力で顔を殴ったからだった。

「なにしてんだ!」
「あ……? マルコ。」
「急げ!」

 海軍だ。いつものように代金を払わず店を出て、追いかけられ、モビーに戻ったエースがすべきことは、まず顔を洗うことだった。クルーに「エース顔きったねェな!」と言われたのだ。たしかに顔がむずがゆく、カピカピとしていた。欠伸のせいで溢れる涙を拭きながら洗面所で見た顔は米粒まみれで、エースは久々に自分で自分に引いた。最近は、食べ終わった後にすぐナマエがタオルをくれていたから、汚れることがなかったのだ。そうだったそうだった、と濡れた顔を拭う。
 島のほうで海軍がこちらを追うべく騒いでいるのが聞こえる。揺れる感覚にもう出航したのか、と思いながらボケッとしていると、派手な音を立てて誰かが洗面所に入ってきた。鏡に写ったのは、ナースだった。

「エース隊長! ナマエを知らない?」
「ナマエ? 見てねェ。」
「隊長も見てないのね。いないのよ、どこに行ったのかしら。」

 ナースの慌てた顔に、なにをそんなに、と不思議な気持ちになる。ナマエはいつでも、どこにでもいる。ちょっと探せば出てくる。おれも探すと言って、エースは食堂、風呂にトイレとナマエがいそうなところ全部を探した。しかしその全部にナマエはいなくて、代わりにナマエを探す別のナースだけがいた。いくらモビーが広いからと言って、こんなに見つからないことがあるだろうか。父に聞きに行っても「知らん」と言われてしまい、いよいよエースは焦りはじめていた。
 どこにもいない、どこにでもいるはずなのに。そりゃあナマエはちびこいし、見つけづらい。船に乗っている人間の誰よりも小さいが。

「隊長。」
「いたか?」
「もしかしたら、さっきの島にいるのかも。」
「ハァ!?」
「別のナースに聞いたら、お使いを頼んだって言ってたのよ。それに出航、本当は夜の予定だったでしょう。めずらしく降りるクルーが少なかったから、急な出航も対応できたけど……。あと、海軍には近寄るなってきつく言ってるの。離れていて騒ぎを知らなくてもおかしくないわ。」

 青ざめた顔を見てエースも顔を青くした。変わらず海軍は島で騒いでいたが、エースは構わずストライカーを出して全速力で島に戻った。





 渡されたメモの最後の行に線を引き、ナマエは大きく疲労の息を吐いた。一人で買い物に出るのは初めてだったから不安だったが、なんとか無事に終えることができた。あとは持って帰るだけ。あと、はじめて自分のお金で、自分が欲しいと思ったものも買った。菓子で、帰ったら部屋で食べる予定にしている。船に乗ったころより、体力と、ほんの少しの筋肉もついて大きな荷物もかかえられるようになってきた。自分の成長が嬉しかった。
 この島は道が悪い場所が多い。地面ばかり見て進んでいたら、すぐ近くに海軍がいたことに気がつかなかった。ナマエは慌てて影に隠れる。買い物をしているときにもちらほら見かけたが、集団に遭遇したのは初めてで心臓がドクドクと音を立てた。荷物をおろし、そっと海軍のほうをのぞく。緊迫した表情の横顔は怖かった。

「探せ!」
「いますかね。“白ひげ”ですよ。残ってないでしょう。」

 父の名にナマエの肩がちいさく跳ねた。あんなに大きな船が見つからないわけがない。
 すぐに帰ろうと荷物をかかえなおし、早足で船のもとに急ぐが数時間前までそこにあった大きな船は忽然と姿を消していて、ナマエは言葉を失った。そのまま突っ立っていると、ひとりの海兵がナマエのもとへとやってくる。

「きみ! ここは今危ないよ。街の方に行きなさい。」
「……さっきまでいたおと……、し、しろ、白ひげの船は、どこに行きましたか……?」
「もう出てったよ。船も見えなくなった。」

 海軍の言葉が嘘ではないことはナマエにも分かる。嘘をつく理由もない。震えそうになった唇をきゅっと結び、落としそうになった荷物をきつく抱きしめ、くるりと方向を変える。ナマエは先ほどの影に戻った。
 置いて行かれてしまった。出航は夜だと聞いていたが、変更になっていたのだろうか。船を出る直前にきちんと確認しておけばよかった、とナマエは今更悔やんだ。

 どうしていいか分からない。
 連絡手段はない。あるのは、お使いで頼まれて買ってきた備品と、そのお釣りだけだ。電伝虫の存在は知っているが使い方は知らないし、そもそも番号もわからない。ため息を繰り返していると、いつのまにか影が伸び、辺りはオレンジ色に染まってしまっていた。ひやりとした冷たい空気がそっとナマエの肌を刺す。

「どうしよう……。」

 あんなに大きな船で、自分がいないことを誰かに気づいてもらえるのだろうか。頼まれた備品を届けられなかったのも、気になる。ナマエに、久しく感じていなかった種類の不安が強くのしかかってきていた。



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