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- ナノ -

行きたいところに行く


「もうすぐ島に着くぞ。」
「そう。」
「楽しみじゃねェのか。」
「わたし、降りないよ。」
「いーや、降りるね。おれと。」

 モビーがふるえて、エースは目を輝かせながらナマエの手首を引っ張った。他のものより低いとはいえど、すこしはヒールがあるので、もたつく。しかしそれさえもエースは引っ張り上げ、外に出た。強い風がナマエを迎える。ナマエは暴れる髪を押さえつけながら、見ろ、と促す声にこたえると、海のいちばん向こう側に島が見えていた。

「ほんとだ。」
「うそと思ったのか。」
「モビーが鳴く前までは。」
「いちいちそんなうそつくかよ。行くぞ、着替えろ。」
「わたし、この服以外、ないよ。」

 エースの口があんぐりとした。

「それが、うそだろ。」
「荷物持たないまま、モビーに乗ったから。あっても着るような用事、ない。」
「たしかにナース服以外は、見てねェ。」
「そうでしょう。」
「本当に拾われたんだな。」

 そう言われて、ナマエは本当に自分がナース服しか着ていなかったのだとあらためて自覚した。さすがに眠るときは別だが、ねまきで外出はできない。ナース服は替えももらっているから、毎日同じものだというわけではないが、見た目が変わらないからそんなことは周りからすると関係がない。とにかく、ナマエは外に出るような服を持っていなかった。
 エースは唸った。

「上着貸すから、それ着て降りろ。服買いに行くぞ。」
「エース、上着なんて持ってたの。」
「失礼なやつだ。」
「わたし……お金ないよ。」
「おまえ本当、なんなんだ。」

 失礼な、とナマエは顔に出したが、確かに、とも感じていた。
 白ひげに拾ってもらい、雑用をこなしはするが戦わず、ナースの格好をしてはいるが医術の心得はなく、ただ船に乗っている。父はどうして拾ってくれたのだろうか、そういえば聞いたことがなかった。この船でいちばん役立たずというような、しょうもなさすぎる自信がナマエにはあった。毎日きちんと仕事はこなしているが、言ってしまえばそれだけだ。海賊船に乗っているのに。
 エースはそういう意味で言ったわけではないのだが、今のナマエにはあまり関係がなかった。

「でもナースは、島に着いたら降りて買い物してるぞ。服とか。」
「へえ。」
「へえて。ナマエ、おまえいちばん最近に船に乗ったから、小遣い忘れられてるんじゃねェか。」
「そうかな。」
「おれが言ってきてやる。準備してろ。」
「準備もなにも……、ちょっと、エース。」

 バタバタと騒がしく消えていったエースを、ナマエはぽかんとしながら眺めていた。
 準備とはなんだろうか。貸してもらう予定の上着も今はないし、必要なかったから財布だってない。考えているあいだにも島はどんどん大きくなっていき、船内もなんだか騒がしくなってきた。外に出るのなら父親に許可をもらわないといけない気がして、ナマエは船長室へと急ぐことにした。

 大きな扉を、ナマエにしては乱暴にノックする。以前ノックの音が小さいと笑われ、たしかに、と思ったことがあったからだ。いつもの声の代わりに違う声が返事をして、誰だろうと思いながらナマエは扉を開けた。

「新入りナースか。どうした。」
「……こ、こんにちは。」
「おう、こんにちは。親父に用か。」

 いたのは父と、一番隊のマルコであった。ナマエは途端に怯えたようになり、白ひげが笑みを浮かべる。
 今のところ、ナマエがまともに話したことがある人間は、父、ナースのみんな、エース、あと少しだけだ。名前だけ知っていた、目の前にいるマルコとは、まだ話したことがなかった。同じ船に乗っていて、ナマエが一番下の人間とはいえ、まだ大多数の人間を怖いと思っていた。そのうえ、マルコは隊長だ。機嫌を損ねてしまっては、どうなるかわからない。ナマエの心臓はどんどんうるさくなっていくが、エースも隊長であることは忘れていた。

「し、島に、降りたくて、お父さんに許可をと……思って。」
「一人で出るのか。」
「エースが誘ってくれました。」

 マルコが答えるのを、ナマエは何でだろうと考えていた。

「すっかり仲良くなったな。」
「?」
「親父、いいだろ。」
「好きにしろ。」
「だとよい。」
「あ……、ありがとうございます。」

 ふたりの会話を邪魔してしまったことと、変わらずマルコが怖かったナマエは父に許可をもらってすぐにそそくさと出ていったので、ふたりが微笑んでいたことは知らなかった。



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