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- ナノ -

プリズム


 それまでぺちゃくちゃと喋っていたエースが急に黙ったので、ナマエがとなりを見ると、まだ食事の残っている皿にエースが顔を突っ込んでいた。口の中の物を出しそうになってしまい、手で押さえる。食べ物を強引に水で流し込むことなどほとんどないナマエが、コップの水を全部飲みきって、エースの肩をゆする。

「え……エース。」
「……。」
「エースってば。」

 動かなくなった人を見るのは初めてだったので、ナマエは困惑していた。いっしょに昼飯を食おうと、エースは笑顔でナマエを誘い、ナマエはそれに乗った。いつもはナースたちと静かにすることを、他のだれかとするのはすこし変な気分であったが、ナマエはあれから、すっかりエースのことを大好きになっていたので、不安はなかった。だというのに。
 ぞっとする。そうすると、なんだかエースが息をしていないようにも見えてくる。決してナマエの力が弱いわけではなかった。
 どうしたらよいのか分からない。ナマエはナースとして船に乗ってはいるが、医術の心得はなかった。便宜上そういうことにし、ナースの格好をしているだけなのだ。普段は掃除洗濯などの雑用を、そしてたまに父親の包帯を替えるくらいで、食事中突然突っ伏した人間をどうこうするような知識は、ナマエにはない。

「あれ、どうした。昼飯、まずかったか。」

 バタンと大きな音がして、キッチンのほうの扉からだれかが来る。ナマエがまだ話したことのない人物であったが、彼がだれなのか、どのような者なのかは理解していた。

「サッチさん……、あの、エースが。」
「エース……、あァ、寝てんのか。」
「ね、寝てる。」
「こいつ、よく飯食ってる最中に寝るんだ。生きてるよ。」

 気の良さそうな笑顔が、ナマエが聞く前に解決してくれた。ナマエはなんと言っていいのか分からなくて、ゆする手を離す。

「いつか起きるよ。昼飯、美味いか。」
「お、美味しいです。」
「そりゃ良かった。水、入れようか。」
「お願いします。」

 すこし遠くにあったピッチャーで、ナマエのコップに水を注いでくれる。白ひげと、エース、ナース、あと少しの人としか喋ってなくても、この船に乗る人間が優しいことは分かっていたが、実際こうして笑いかけられ、親切にされると、身にしみた。食べているこれは、サッチが料理したものだ。

「皿置いといていいからね。」
「いえ、洗います。」
「じゃあエースの皿は、置いといて。」

 楽しそうに笑って、サッチはエースの隣にある皿の山を見ている。わかりました、とも言えず黙ってしまったナマエに、じゃあごゆっくりと言って去っていった。
 彼によると、寝ているらしい。寝るにしてももっと何かあるだろう、と思った。食事に顔を突っ込むのは、どうなんだろうか。よく見たら呼吸で体が動いていたので、ナマエは自分が何も見えてなかったことに気づく。ゆっくり、大きなため息をついた。あわてたり、あせったりすると、いつも周りが見えなくなってしまうのを、何とかしなければと思う。
 食べるのが遅いナマエが食べ終わったころに、エースは起きた。

「寝てた。」
「うん。顔、ついてるよ。ハンカチ。」
「おお、ありがとう。」
「ご飯の途中でいつも寝るの。」
「寝るみたいだな。」
「怖いからやめて。」
「眠いから仕方ないだろ。」

 エースと食事をするときには、濡れたタオルを持ってこないといけないなとナマエは考えていた。



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