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「#幼馴染」のBL小説を読む
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涙の出る昼間


 めずらしく甲板に出ている白ひげに、ひとりの女がついていた。ナースの一人だ、とエースはすぐに分かった。でも、名前までは分からない。覚えるつもりもない。ナースはオヤジだけについている人間という認識だった。
 ちびこくて、顔つきもおさない。ひときわ大きい白ひげと並ぶと、不安になってしまう。女はみんな細くて、ちょっと小突いたらすぐ壊れてしまいそうだからだ。他のナースと同じ格好をしているが、その靴のかかとだけは低かった。

「包帯はうまく巻けるようになったか。」
「だいぶ上手になったって、褒められました。」
「グラララ、良かったな。」
「次の取り換えで、お父さんの左腕を巻くことになってます。」
「そうか。」

 盗み聞きするつもりじゃなかったが、エースは結果的に盗み聞きをした。お父さん、と叫ばなかったのを、エースは誰かに褒めてほしいと思った。
 この船に乗っていて、父を呼べば、返事をするのは船長の白ひげだけだ。船員の男たちはみんな親父と呼んでいて、お父さんなんていう呼び方をするような人間は一人もいない。家族だから、父を、お父さんと呼ぶ、あたりまえと言われたらあたりまえだ。でも、家族のことをジジイとか親父、と呼ぶエースからすると、それはひどく新鮮だった。

「船の生活は、慣れたか。」
「ぼちぼちです。」
「どうした。」
「夜、誰かと寝るのが、すこし怖いです。」
「それは、慣れるしかねェな。」
「はい。」

 白ひげのあんなにも穏やかな会話を聞いたことがなかったから、わるいとわかっていながらも、エースはもうすこしだけ聞いていたかった。それからしばらく、エースは影に隠れたまま立っていた。ぼそぼそと繰り返されるのを聞いていると、突然女の足音がこちらに向くのを感じて、あわてる。立ち去らなければ。
 だが一歩遅く、鉢合わせた。まるい瞳が影にいたエースをとらえた瞬間、やわらかい表情が一変して恐怖に怯える。きゃあ、と高い声をひとつ上げた後、白ひげのところに急いで戻っていった。

「グラララ、うるせェぞ、ナマエ。」
「ごっ、ご、ごめんなさい。人が、いました。」
「エース、盗み聞きか。えらくなったもんだな。」

 ここにエースがいたことくらい、白ひげは最初から知ってただろうが、それを女に分からせないための言葉に、喉がつまる。もう隠れていても無駄なので、エースは影から出てきた。女がびくりと肩を震わせる。

「わるい。」
「うちに息子以外の男は、乗せてねェぞ。」
「そうですよね。すみません。」
「この前拾ったナマエだ。」

 白ひげの、拾ったという単語を聞いて、エースは一番最近船に乗った人間だと理解した。

「あー、二番隊隊長の、エースだ。」
「ナマエ、です。よろしくお願いします。」
「そんなにトシは変わんねェだろう。」
「え、おまえ何歳だ。」
「18です。」
「うそだ。」
「うそじゃないです。」

 エースの知っている18歳とはかけはなれていたので、心の底から驚いていた。こんなにおさない18歳がいていいのか。はじめて正面から顔を見て、何にも知らなさそうだと思った。拾ったというのは言葉どおりだろう。
 そういえばひとつ前の島で、白ひげが船から降りていたのを思い出した。あのときだ。戻ってきたとき、船が騒がしくなっていたような、なっていなかったような。
 話しているうちに怖いのはおさまったようで、ナマエは白ひげの隣で静かになっていた。ふとその視線が、おおきな点滴台にうつる。

「そうだ、お父さんの点滴。」
「あァ、そうだな。」
「ごめんなさい、わたし、ナースさん呼んできます。」

 ナマエは白ひげに頭を下げ、エースにも下げ、パタパタと音を立てながら戻って行った。エースがそれを呆けたように見つめていると、白ひげの笑い声が響いた。

「気になるか。」
「……お父さんって、言うんだな。」
「親父って顔でも、ねェだろう。あれは。」

 すでにまんざらでもないというのは、エースにも分かった。末の娘がかわいいらしい。いつになく機嫌のいい父親に、エースの機嫌も良くなっていった。



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