運ばれてきた食事がおいしそうで、思わずわあと声がでた。サラダのあとにわたしのグラタンが出てきて、あとは全部キッドのもの。ふたりで入ったのにすごく広いテーブルに案内されて、そのテーブルも埋まってしまった。キッドがよく食べるのは知ってるけど、流石にこれは……と思う。ここにはキラーも、ほかの船員もいないのだ。キッドがお腹いっぱいになってもわたしは手伝ってあげられない。もちろんお酒もこれからじゃんじゃん頼むのだろう。大丈夫かなという心配をよそに、キッドはもう食べ始めていた。
わたしはあまり、食べてるときにしゃべらない。絶対というわけではない。だから、わたしといっしょに食べてるキッドも、たぶんなんとなくしゃべらない。 ばかみたいに騒がしいわけじゃないけど、いつも物騒なことばかり口から出しているキッドを知っている身としては、しずかだと落ち着かない。
あついグラタンをすくって息を吹きかけた。どこか島で食事をするときは、船ではなかなか食べることができないものを選ぶようにしている。ある程度冷めたのを確認して、口にいれた。とってもおいしい。濃厚で、マカロニもきちんとやわらかくて、えびが……とにかく、おいしかった。わたしは海賊であってグルメリポーターではないので、当然感想も言わずぱくぱく食べすすめていく。
「なまえ」
自分が思ってるよりお腹がすいてたみたいで、キッドのすこしくらいくれないかなと思っていたときであった、。それまで静かに食べていたキッドがわたしの名前を呼ぶ。席は隣だったので、そっちを向く。口を開けて、自分のスプーンでわたしのグラタンを指していた。
なに? と思った。その行動の意味は分かっている。おまえのグラタンを食わせろというやつで、それは理解できる。しゃべらないんじゃなかったのか、とも思ったけど、それはキッドがわたしに合わせてくれていると勝手に考えてたからなので、黙っておいた。
「食べたいの?」
「早くしろ」
こんなことをされてキッドのことがかわいくみえるようになった、なんていうコミックみたいなことは当然ない。わたしはコミック読まないけど。彼はふたつ年下だけど船長だし、背は高いし、顔はいつだって怖い。言葉づかいもすごく悪い。かわいいことなんて絶対ないし、キッドもそうは思われたくないだろう。だいたい、成人してる男がかわいいってなんだよ。
次急かされるときには殴られそうな気がして、あわててグラタンをすくう。キッドはひとくちが大きいのでたくさん盛った。ふうと息も吹きかけてやった。運ばれてきてからすこし時間はたったけど、かなり熱々のやつだったのだ。適当に口に突っ込んで熱い! と騒ぐキッドは見たくない。今はキラーもいないし、騒がれると迷惑だ。
「屈んでよ」
背が高ければ体もでかい男にスプーンを差し出すのは辛いものがある。あとから思えばわたしがちょっと立ちあがればよかったのだろうが思いつかなかった。意外にもわたしの言葉にきちんと従ってくれたキッドは、体を屈める。開いた赤い唇にスプーンを突っ込んで、そっと引き抜くと、当然そこにグラタンは無かった。
「美味しい?」
無意識であった。まずい食事は当然好まないにしろ、キッドはあまり美味しいとかそうでないとかに興味はないと勝手に思っている。好物はあるけど、それだけ……という気がしている。とにかく、キッドにグラタンが美味しいか聞いても、わたしの求めているような答えはかえってこないのに、聞いてしまった。アホだ。
聞いた瞬間だけ噛むのをやめたキッドは、わたしをじろりと見たあとまた再開した。噛まなきゃ飲み込めないのはだれでも同じだ。
「美味い」
それを聞いた自分の顔がどんなだったかは分からない。ただ本当におかしくて、絶対絶対キラーにこのことを言わなきゃと考えていた。「ねェキラー、キッドがグラタン食べて美味しいって言ったんだよ。すごいね」……なにがすごいのかは置いておくとして、美味しいかと聞かれて美味しいと答えてくれる、この船長に限ってはこういうふつうの反応がおもしろかった。別にわたしが作ったグラタンというわけじゃないのに、なんだかうれしくなってしまった。ふふ、ふふふ。
なんでこんなときにみんないないんだろうな。いま思ったけど、わたしなんでキッドとふたりでお昼ごはん食べてるんだろう。一瞬疑問が目の前を通っていったけど、さっきのインパクトがすごすぎてすぐにそんなことは忘れてしまった。ふたりで食べてるからこういうことになっているのだ、これはラッキー。今度はわたしがキッドのごはんをもらう予定だ。
190902