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パンクハザードのあとの話です





 戦って、走って逃げて、美味しいご飯を食べたらあとは眠るだけというのがいつもだけど、体は疲れているのに気持ちは興奮していて眠れなかった。ナミとロビンとモモちゃんが眠っているのを確認して、そっと女部屋から出た。
 ドフラミンゴの襲撃に怯えていたウソップとチョッパーは疲れて二人で寝ていた。毛布をかけておく。キッチンでサンジくんからジュースを貰い、甲板に出た。
すごく静かだ、昼間とは大違い。見張りのフランキーのところに行ってちょっと構ってもらおうと思ったけど、早よ寝ろと言われてしまった。フランキーの優しさは身にしみたが眠れないのは変わらなかった。声に出してため息をつく。
 歩くと、知らない影が居てビクッとした、けどすぐに誰か分かった。トラ男くんだ。柵に寄りかかっている。わたしにはすぐに気づいたらしく、目が合った。

「……なまえ屋か」
「なんでこんなとこに」
「この船におれが寝る部屋はねェからな」
「あ、そっか」
「お前は」
「わたしは眠れないからジュースを飲んでいます」

 いい話し相手を発見したわたしは近くに座り込んだ。トラ男くんが面倒そうな顔をしたのには気づいていたけど、眠くなったら話の途中でも勝手に寝そうな感じなのでそのままにしておく。

「寒くない?」
「寒くない」
「毛布持ってきてあげよっか? ベッドはないけど毛布はあるよ」
「いらねェ」
「風邪ひくよ」
「……」
「いる?」
「…………、いる」

 よしよし持ってこようと立ち上がったら、トラ男くんがぶつくさ何か言ってるのが聞こえた。無視した。

「はい!」
「……」
「ジュース飲む?」

 こいつ、うるさ〜! みたいな顔をしているのを見るのが楽しくてしょうがなく、わたしはたいへんに機嫌が良かった、話し相手がいるのって最高だ。毛布を膝に乗せて変な顔をして、よその船でよそのクルーと話している七武海。海賊同盟を組んだ人が、うるさ〜! だから、面白すぎる。実際どう思ってるかはどうでもよい。

 ストローの刺さったビアグラスにオレンジジュースが注がれている。お酒のためのグラスで、わたしはお酒が苦手だけど、このグラスの形が好きでよく使っていた。飲み物くださいといえば、いつもこの、わたし専用のやつに注いでくれる。赤いストローがわたしのほうを向いて、サンジくんが「はい、どうぞ」と言う、あの瞬間が、結構好きだったりする。
 半分まで減ったグラスをトラ男くんに渡す。めんどくせ〜! という顔をしているので、わたしはもっともっと楽しくなる。

「……飲めの間違いか?」
「そう」
「……」
「でも飲んだら歯みがきしなきゃね」

 トラ男くんがストローを吸った後にそう言ったら、にらまれた。もちろんわざとだ。彼が医者であること、死の外科医と呼ばれていること、オペオペの実を食べていることは知っている。たぶん虫歯も簡単に治せるのだろう。でもちょっと歯みがきしているところは見たかった。だから言った。
 ひとしきりにらまれたあと、トラ男くんはまたオレンジジュースを飲んだ。しかも全部。吸いきれない残りを音を立てながらまだ吸っている。

「あ〜〜! 全部飲んだ」
「うるせェ。全部飲んだらダメだとは言われてねェだろ」
「わたし半分しか飲んでないのに」
「充分だ」
「も〜最悪〜。コップ洗ってくる」
「洗面所はどこだ」
「あ、ほんとに歯みがきするんだ! ちょっと待って、新しい歯ブラシは部屋にあるから取ってこないと」
「……先にそれを取りに行け」
「コップ持って行ってくれるの!」

 顔を見るのが楽しかったり、ジュースを全部飲まれて悲しかったり、コップ持って行ってくれるんだと驚いたり、この数十分で、わたしはよその船長となにをしているのだろう。
 でも楽しいなら良いのだ。向こうがどう思ってるのかは知らないけど、人と仲良くなって損はない。毛布は受け取ってもらえるし、渡したジュースは全部飲まれるし、本気で嫌ならそんなこと受け入れなくていいのだから、嫌われてはいないだろう。というか嫌われたら困るな、わたしたち、同盟組んでるわけだから。

 急いで部屋に戻って、わたしの新しいかためのピンクの歯ブラシを持って行くと嫌そうな顔をされた。だってこれしかない。おそろいは嫌かと聞いたら、もうそのときにはどうでもよくなったらしく、歯磨き粉のふたを開けていたので、「わたしにも」とおなじ歯ブラシを差し出す。も〜ほんとなんなんだこいつ、そんな顔をしている。でも歯磨き粉は出してくれた。

「眠くなってきた」
「良かったな」
「トラ男くん、付き合ってくれてありがとう。眠かったでしょう」
「まァな」
「新聞、どうなるかな?」
「……さァな。起きてみないと分からない」

 ああ楽しかった。海にはいろんな可能性があるけど、何かが違っていたらわたしの船長はこの人だったのかもしれないな。もしかしたら昔会った、たらればを考えるのは無駄な時間で、好きな時間でもあるけど、明日からはそんな暇もしばらくなくなってしまうだろう。この船に乗っていると暇な時間のほうが少ない。ガラガラうがいをしているトラ男くんを後ろから見つめる。見過ぎだようで、振り向いたら「なんだ」と言われた。

「なんにも。甲板で寝るの?」
「あァ、毛布ありがとう」
「いいえ! おやすみなさい」
「おやすみ」





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