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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 できるだけ中心街から離れた、さびれた小さなホテルを選ぶようにしている。質はあまり良くないことのほうが多いけど、仕方なかった。シャワーとベッドがあれば、まあいいかなという感じだ。案内所でホテルを教えてもらい、メモをして外に出る。クザンさんがわたしに気づく。

「場所わかりましたよ。行きましょう」
「あァ……うん」
「買い物がありますか?」
「おれは無いけど、あたらしい服欲しいって言ってなかった?」
「言いました。気に入ってたやつ、このまえぼろぼろになったから」
「買いにいこうか」
「クザンさんも来るんですか」
「だめ? かわいいやつ選んであげる」
「いいです」
「いいって言われてもついてくけどね」

 にらみはしなかったけどじろっと見たら、楽しそうに笑われた。かわいいとかすてきとか、そういうものはもう今のわたしにはいらないと思っているけど、クザンさんはそういうとかなしい顔をするので、言わないことにしている。これから服屋に行くから、いまは、このメモはいらない。クザンさんに渡すと、ちらりと見たあとポケットに落としていた。

 服を選ばれ、ご飯を食べて、ホテルに着く。二人部屋は想像よりひろくて、わたしはちょっとよろこんだ。クザンさんは大きなため息をつきながら、ながい右足の膝を折ってベッドに座った。左足の靴には、今は何も差し込まれていない。

「クザンさん、つかれたの?」
「すこしね」
「シャワー浴びたらどうですか? すぐねむれますよ」
「一緒に浴びようか」
「狭いからいやです」
「つれないねェ」

 くつくつと喉でわらわれる。クザンさんは、わたしがいやということは、大体やらない。やるときもある。

「いつここを出ますか?」
「三日くらいで出るつもり」
「キャメルは」
「朝と夕方に会いに行ってくれる?」
「わかりました。荷物も整理しておきます」

 クザンさんがなにかをやるうえで、別にやらなければなくなったちょっとした用事をわたしがやる、というのがわたしたちであった。昔よりだいぶ楽だけど、その分なんだかかわいてしまったものもあるので、複雑でもある。この気持ちに決着がつくことはしばらく無いのだろう。ただ後悔はしていないのを、このひとには知ってもらいたいと思っている。
 クザンさんが左足をなくしたとき、わたしは大泣きした。クザンさんが引くほど泣いてしまったのは記憶にあたらしい。「普段しずかだから、けっこう驚いた」とのことだった。部下なのだからあたりまえだ、と思ったけど、それだけではないというのはきちんと自覚していた。クザンさんもわたしのことを知ってくれている。

「あと、今日夜中すこし出るから」
「はい」
「なまえちゃんも来なさい」
「え、わたしも?」
「そう、あなたも」
「めずらしい」
「たいしたことはしないよ。ここで一人で寝てるよりはおれのそばにいてくれたほうがいいから」
「それまで仮眠ですか」

 そういうこと、と言いながら手を伸ばされる。メモを見るのをやめて、それに寄ると、大きすぎる手がわたしの頬をなでてきた。

「次はさ、ひろい浴槽がついてるホテル、たのむよ」
「旅行じゃないのでそんなのさがしませんよ」
「あら、正論」
「でも今日は、いっしょにシャワー浴びてあげてもいいですよ」
「えェ〜言ってることちがうじゃない」
「つかれてるみたいだから背中流してあげます。髪も洗います」
「美容師さんって風呂にもついてくんの? でもお願いしようかな」

 誘われるままに右の膝に乗る。大きなからだにくたりと自分のを預けたら、長い腕がわたしを抱きよせてくれる。
 なにもなくなってしまって、膝からしずかに落ちているズボンを視界のすみっこにとらえる。傷はのこってしまったけど、もう痛まない、とクザンさんは言っていた。でもたまに、もう無い左足を抱えてねむっているのをわたしは知っている。ねむったわたしに、わるいね、と声をかけてくれてるのを、知っている。

 首に両手をまわす。なんだかたまらなくなり、顔をおしつけた。あまえてんの? うれしそうなそうでないような声がきこえる。そうですよ、なんて言えたらかわいかったのだろうけど、そうじゃないので黙っておく。わたし、後悔してないんです。喉まで出かかったそれを、飲みこむ。いらないことは言わなくていい。離れたくないからついてきたのだ。それだけ。なにもかもを捨てたことに、ほんとうに、後悔なんかしていない。それを信じてほしくて、いつも必死だ。明日の自分がなにをしているのかもわからない毎日が、怖くないわけではない。でもこのひとがいるのなら、なんでもよかった。腕に力をこめる。わたしから離すことのないからだは、いつもみたいにひんやりとつめたかった。





190901 嫌いにならないで