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 下着も脱げと言われ、配慮のないわたしはそこまで気が回らず、何でですかと返してしまった。キャプテンは少し黙ったあと、血がつくぞ、と答えた。なるほど。考えれば分かることをわざわざ聞いてしまって申し訳なく思う。というか、すっかり変わってしまった着替えの勝手を理解するチャンスだ。慌てて服を脱ぎ始めたわたしは、キャプテンが気を使って後ろを向いてくれたことなんて気がつかなかった。

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 先の戦闘でわたしは腕をひどく負傷した。当たり前に勝利こそしたけど、キャプテンたちの顔が曇っていたのはよく覚えている。最後の一人が片付く前に船に戻され、最近はあまり用のなかった医務室に縛り付けられた。戦闘中はなかった腕や頭の痛みが、終わってから現れて、ああきついなあ、と思った。血がダラダラ流れているのが分かった。キャプテンは黙って額に汗を浮かべながら、わたしの腕を治療してくれていた。
 何分経ったのかは分からない。目を閉じていて腕は見えない。器具の音がやんで、でも痛いのはそのままだったので、あれ? と思って目を開けると、キャプテンがわたしを怖い顔で見下ろしていた。

「腕を切断する」

 そんな気はしていた。素人の馬鹿な目からしても、この負傷は酷いなと感じていたので、医者のキャプテンは最初からこうなることは分かってたんだと思う。それは良くて、問題はその腕が利き手だということだった。
 でもまあ、仕方ない。わたしの責任だ。治療してくれているキャプテンが怖い顔をする理由なんてどこにもない。お願いしますと呟いたらすぐに麻酔を打たれ、わたしは意識を失った。次起きたとき、もう右腕はなくなっていた。

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 今まで両手でやっていたことを片手でやるのは結構大変だった。時間をかけてつなぎを脱いでシャツを脱いで、下着も脱いで、とやっていると暑くて仕方ない。できましたと診察台に横たわりながら言うと、キャプテンはすぐ患部に手をかけた。

「どうですか?」
「どうもこうもねェよ。痛みは」
「痛いです。さっき薬飲みました」

 また隈が濃くなった気がする。わたしのせいである。暇なので見つめていると、しばらくは何も言われなかったけど、大きなため息をつかれたので目を閉じた。
 怪我をしてからはずっと痛いなあということしか考えてなかったけど、そういえばわたし、これからどうすれば良いんだろう。利き手に武器を持てないというのはかなり不利だし、書き物もごはんも、左手でやらないといけないんだった。それなりに時間をかけないと慣れることはないだろう。
 あまり考えたくない想像が頭を駆け抜けていった。

「キャプテン……」
「なんだ」
「わたし船降ります」
「はァ?」
「右腕無いし」
「右が無いなら左を使え」
「すぐには無理です」
「誰がすぐにと言った?」
「わたし戦闘員ですよ? 戦えないなら邪魔なだけです」
「やってもねェくせに何をうだうだと」

 ほっぺたを抓られて、目を開けた。切断するときと同じ、怖い顔をしていた。

「使えねェから降ろすとでも言うと思ったか? このおれが」
「……」
「言われる前に自分から言ったのか」

 言われる前に言う。心が傷つく前にそこから離れる。いつもわたしはそうしてきた。海賊を何年やっても、臆病なのは変わらなかった。戦闘も血も、自分が傷つくことも怖くないけど、心が傷つくことだけは、避けられるものはできるだけ避けてきて、今回もそれをやった。

「おれの許可なく船を降りることは許さねェ」
「……でも」
「やれることを探せ」
「だって」
「戦えなくてもできることはあるだろうが」
「……本読むとか?」
「知識か、名案だな。お前はバカだから」

 事実わたしはバカだけど、この場合のバカはそういう意味じゃないのも含まれているのだろう。
 切断なんていう大掛かりなことでキャプテンの手を煩わせておいて、役に立たないだろうから船降りますなんて、結構な自分勝手だ。もうわたしは、わたしたちクルーは、船に乗った瞬間からキャプテンに命を預けているというのに。キャプテンについていくと決めたのに。
 目の奥がじんわりと痛んで、顔を覆いたくなったけど、もう覆う手が片方しかないことを改めて知る。わたしにできることはなんだろう。まずは着替えをスムーズにできるようになりたい。利き手じゃないほうを利き手にするために、字を書く練習をしよう。スプーンを持って食事をしよう。無くなった利き手と変わらないように武器をふるおう。体力を、つけよう。
 キャプテンはそれきり何も言わずに治療を続けてくれた。もし仮に船を降りるのを許可してくれたとしても、傷口が完全に塞がるまではここに置いてくれるんだろうなと思った。キャプテンはそういう人だった。




190816