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 眠い眠いと思いながらも不寝番のときは寝たことがない。当たり前だけど。寒いのは苦手でも、月に照らされる水面を見るのは最高の時間だ。わたしたちはいつも海の中にいるから。水筒に入れた熱いお茶を飲んで体を温めていたら、電伝虫が小さく鳴った。船長室のものだ。「なんですか?」「行く」ガチャン。毎度のことだ。目を瞑ってしまった電伝虫を見つめ、ため息をつく。受話器を置いて、次の瞬間にはキャプテンがわたしの隣にいた。シャワーを終えたばかりなのか、髪が少し濡れているように見えた。

「風邪ひきますよ。タオルは?」
「ねェ」
「持ってきますか?」
「良い、面倒だ」

 風と波の音しか拾わなかった耳が、聞き慣れた低音を拾うようになる。刀だけ持って、わたしの不寝番のときやってくる、わたしたちのキャプテンだ。こうやって風に当たっていたらすぐ乾くのは分かってるけど、絶対風邪ひかないわけじゃないのに。ため息をつきたいのを我慢して、またお茶をコップに注いだ。

「お茶飲みますか?」
「飲む」

 コップを渡すと、ズーと音を立てながら飲んでいた。

「毛布も……」
「お前がこっちに来い」
「……船の上だから嫌だ」
「誰も見てねェ」
「そうだけど」
「ガタガタ言わずにさっさと来い」

 こうなると怖いので慌てて自分ごと移動する。ローの足の間に腰を下ろして毛布を渡す。ここの毛布が大きい理由はこれをするためということは、多分わたしとローしか知らない。いつも一度は拒否するけど、それが通ったことはない。毛布がぐるりとローの背中を包んで、両端がわたしの前に来る。それを握っておくのはわたしの役目だ。

「上陸してることの方が少ねェのを分かってんのか」
「分かってるけど、そういう約束じゃん」
「約束は破ってねェだろ」

 本当に約束は破ってないのでそれ以上は言えなかった代わりに、背中に体重をわざとかけた。でも何も言われないし、体勢が崩れることもない。それに対して文句も言われなかったので、なんていうか、優しいなあと思う。

 約束というのは「船の上でセックスはしない」。これだけは本当に嫌で、他は良いから約束してくださいとお願いしたのは記憶に新しい。ただのクルーの分際で何が約束だ、と言われるかなと思ったけどキャプテンはそれを了承してくれた。この船はわたしの職場みたいなもので、そして好きな場所だから、キャプテンが仮に許可したとしてもわたし自身がそれを許せない……と詳しく説明したことはないけど、ずっとキャプテンは約束を守ってくれていた。
 代わりにしっかり他のことはされた。怪我をして医務室に一人で行ったときにはわざとらしく手を握られるとか、わたしの不寝番のときには、わざわざ付き合ってくれたりとか。気を使ってくれてるのがわかるので、どこか島に上陸したときはそのお礼にローのいうことを聞く、というのが毎回だった。
 眠いときに人肌とくっつくと、すぐ寝そうになってしまう。長い腕がわたしのお腹に回って離れない。

「眠いのか」
「あったかいと、少し」
「離れるか?」
「……嫌」

 言わされているというのは分かってたけど言った。それきりローは黙ってしまったけど、別に機嫌が悪くなった……とかではないのは分かっている。わたしが良い意味で素直になると、ローはすぐに黙ってしまう。自身の誘導だったとしても。
 ハアと熱い息が首筋に当たってぞわっとした。

「ねェ、ちょっと」
「……」
「わざとでしょ」
「……何が?」
「分かってるくせに……」

 顔は見えないけど、悪い表情をしていると思う。こうして二人きりの時間をどうにか作っていると、そういう気分になることがどうしても、ある。わたしも人間だ。約束をきちんと守れているのはお互いの我慢の積み重ねだ。だめだだめだ、絶対駄目!

「キャプテンッ……は、離れて」
「嫌じゃなかったのか?」
「そうじゃなくて……ほんとうに、お願い」
「……、もうしねェよ、悪かった。離れるな」

 涙声になっている自分に気がついたときは、情けなくて仕方なかった。二人きりのときは名前で呼べと言われているのに、逃げてしまった。立ち上がろうと思ったけど引き止められる。寒かったはずの体はとんでもなく熱くなっている。我慢もできないようなくだらない人間なのだ、わたしは。嫌いにならないでと言えたならかわいいのだろうが、その前にわたしはこの船のクルーだ。
 歪んだ視界でキャプテンと目が合ったような気がしたけど、実際のところはよく分からない。悪かった、と耳元で繰り返される。ひしと抱きしめられ、わたしはもう動けなかった。抱き返すことはしなかった。




190824