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これの過去の話






 バレンタインのチョコレートください。えらい直球で言ってくるなと思いながら、目の前の男をちらりと見た。

「ファンの子から貰えるやろ」
「そうじゃなくて」
「チョコ売り場人多いけん嫌だ」
「板チョコでもいいんで」

 お願いお願いと手を合わせるもんだから、疲れてきた。
 バレンタインという行事に関しては金がかかるだけで良い思い出はないし、ましてや好きな人に贈ったこともない。ただただ面倒なだけだ。今年もスルーすると思っていたのに、この男がそれをさせてくれない。思わずため息をついたら、特徴的な眉を八の字にした。

「覚えとったらね……」
「!」

 なんていうか若い。この子は、わたしからチョコレートが欲しいらしい。これが1月も半ばの話だ。

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 明日休みだしまあいいかと思った残業が割と長引いた。お腹が減りすぎて、逆にもう何も食べたくない状態になっている。でも家には食べ物がないので、ふらりとコンビニに寄った。この時間のホットスナックはあまりよろしくないのでスルーして、適当に買い込む。そういえばガムなくなったな、とそっちのコーナーに行こうとしたら、バレンタインの文字がわたしの視界に飛び込んできた。
 すっかり忘れていた。あれ以降も何度か遭遇してその度にチョコレートという単語を口にされていたのに、わたしは忘れていた。思い出した以上目の前のチョコレートを無視するわけにもいかず、スカスカの棚のかろうじてある数個のうちの一個を買い物かごに入れた。レジを打ってもらいながら、当日の夜になってこれは、なんかちょっとださいなあと思った。

 自動ドアを抜けて、携帯を見る。もうだいぶ遅くて、なんだか今更だなあと思うし、そもそもわたしには彼に会いに行く手段がない。思い返せばこれまでずっと、彼がわたしに会いにきていた。連絡先だって交換していない。いつ見ても彼は空からやってきて、空にいる。
 今会いたい人に会えないという気持ちを、今知る。というか、チョコレートくれと言っていたわりに貰いに来ないのもどういうことなんだろう、と彼のせいにしてみたくもなってきた。家に帰るまでに会えるという保証もない。大きなレジ袋を覗き込むと、おにぎりの海苔やらお茶やらの暗い色ばかりの中、ピンクの包装をされたチョコレートがわたしを見ていた。

「……ホークス」
「なんですか?」

 は? わたしは漫画のように飛び退いた。

「なっ……」
「いやあすみません。話しかけようと思ってたんですけどコンビニ前から動かないからなかなか声かけづらくて」
「びっ……くりした」
「ここまで驚くとは思ってなくて、暗くて怖いのにすみません」
「そうやなくて」
「え?」
「よ、呼んだら来たけん」

 そう言うと、彼はなんだか変な顔をした。

「俺の方が驚いたんやけど」
「?」
「いや、気にせんでください。それでどうかしました? 不審者とか? あと残業お疲れ様です、送りますよ」
「あ、うん、それは助かるけど今は違う」

 あれ? 今日ならチョコを貰いに来たんじゃなかったのか、催促がない。そう思いながらも慌ててレジ袋に手を突っ込む。

「これ」
「なんです、か」
「ごめん、忘れとって今買ったやつなんやけど」

 ピンクの包装を渡そうとしたのに、受け取る手を出されない。いらんの? と言おうとしたら、それは遮られてしまう。

「覚えててくれたんですか?」

 それがあまりにも震えていて情けない声だったもんだから、またびっくりした。忘れていたということはたった今言ったばかりなんだけども、それもどうでもよくなる。わたしは自信に満ちた彼ばかりを知っていて、それ以外をあまり知らない。

「絶対くれないと思ってました」
「……」
「いやすみません、俺から欲しいって言ったのに失礼でしたね」
「……いっ、いつまでも貰われんけど、いらんの!? いらんならわたしが食べるよ」
「俺のために買ってくれたんでしょ? いる」

 バーコードがついてるような安物を貰ってめちゃくちゃに喜んでいる年下の彼を、わたしははじめてかわいいと思ってしまった。チョコを見つめて俯き気味だから気づかれないと思ったのかどうかは分からないけど、彼の目に涙があったことをわたしは知ってしまった。誰に言い訳をしているわけでもないけど、こんなはずではなかったのだ。思い出したから買って渡しただけ、本当にそれだけ……。
 体が煮えたぎるように熱い。知り合ったときから油断できない感じの人だとは思っていたけど、まさかこんなことになるなんて。わたしこれから、どんな態度をとればいいんだろう。





180212