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 腕時計はもうすぐ九時としめしていた。疲れて、もうだいぶねむい。昼より冷えた廊下を歩いていつもの部屋に行く。おおきくて重厚な扉のまえですこし息をととのえてノックをすると「どうぞ〜」と朝も聞いた間延びした声が返ってきた。そっと開けると、暗い部屋のなかデスクの電気で照らされて、いつもよりもっと怖く見えるボルサリーノがわたしを見ていた。
「……」
「誰もいないよ」
「うん……終わった?」
「終わった、おわった。悪いけどこれ片付けてくれるかい」
 渡された飲み終わりのおおきなカップを洗っていると、ボルサリーノは帰る準備がすんだのか後ろに立った。待って、と急いで、濡れた手をポケットに入れているハンカチで拭こうとしたときに、ボルサリーノが取り出してくれた。
「ありがとう」
「いいえ。帰ろうか」
 木曜だけは二人で帰ることにしていた。これは、ボルサリーノが提案したことだ。
 守衛さんの挨拶を通りぬけ、だいぶ離れてからようやくおおきな手をつついたら、迷いなくぎゅっと握ってくれた。自分の頭より高い位置で繋ぐのも、もうすっかり慣れた。疲れはするけど、わたしがいっさい力を入れなくてもボルサリーノがしっかり持ってくれる。自分とはぜんぜんちがう、かたくてしわの多い手。じんわり温かくて、冷えた頬に付けたくなったけどやめた。
「冷えてるね」
「寒いもん……はやくお風呂入りたい」
「急ごうか?」
「……ピカピカは嫌! 走るのもいや」
「わがままだね〜」
「ゆっくり帰ろうよ」
「きみが言うならそうしよう」
 わたしもまあまあ忙しいけど、ボルサリーノは比じゃない。だから帰り道だとしても、どうせおなじ家でも、時間がある日は二人でいたい。そう思うのは子どもかなと聞いたことがある。ボルサリーノはすこし考えるふりをして、子どもとはセックスしないよと笑った。答えにはなってないけど、それで納得したのをなぜか鮮明におぼえている。これは予想だけど、ボルサリーノはたぶん、年齢とか、これからについて指摘されるのが嫌なのだと思う。だからもう、そういうたぐいのことは言わないように気をつけている。
 手を握ったりにぎられたりしながら歩いていたら、途中でお腹がわりと派手に鳴りボルサリーノの足が止まった。腰をまげて、わたしの顔をのぞきこんでくる。べつに鳴ってないふりとかはしないけど、見られるのは恥ずかしい。ボルサリーノはこういうところがある。
「ラーメン食べて帰ろうか」
「ええ……太る」
「太らないよ〜」
「だって最近ちょっとお腹出てきたもん」
「そうかい? じゃあ食べて帰ったあと見てあげよう」
「いや食べたらお腹出る……、……」
 でもお腹すいた。こうは言ってるけど、ボルサリーノの言葉でポンと頭のなかに出てきたおいしそうなラーメンは消えてくれない。ちらりと見ると、ニコニコしてわたしを見つめていたので、もうあきらめることにした。
「行く……。……も〜やだ〜、早く行こう。お腹すいた」
「飛ぶかい?」
「すぐそうやってピカピカで運んでくれようとするけど、速すぎてけっこう気持ち悪くなるんだよ。本人はわからないかもしれないけど……」
「お〜それは悪かったね。じゃあ、ゆっくり行こう」
「……ボルサリーノが言うならそうする」
 手を離して、黄色のスーツの腕のところにぶら下がるように絡める。そうするとふわりと体が浮いた。長い腕がプルプル震えるわけもなく、わたしの体を片腕で簡単にささえる。ふ〜む、といつもの間延びした声はわたしの体重を確認していた。重くなった自覚はあるし、そう言われてもべつにかまわないけどボルサリーノは言い方がひどいときがあるので、すねのところを蹴る準備だけはしておこうと思う。



191220 照り返す愛