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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -



「なまえ! いる?」
 隣の部屋から声がした。火を止めてそちらに向かうと、ベビー5のうつくしい顔が、扉からわたしを見ていた。
「はいはい。どうしたの」
「若様の具合が悪いのよ。今日はもう部屋に戻るって」
「ええ? 具合悪いって何?」
 昼間にファミリーの誰かが部屋を訪れることはほぼ無い。遠いのも理由のひとつだけど、だいたいは特別なことがあったときだけ。その特別が起きたらしいが、まさかドフィの体調不良だなんて、前代未聞の事態だ。たしかに特別だけど、わざわざ連絡しに来てくれたのだろうか。それがドフィの指示なのかどうかは知らないが、部屋に来るのが面倒なことは知っているので、素直にありがたく思う。ベビー5が「たしかに伝えたからね、じゃあ」と帰りそうになるのをあわてて引き止めた。
「連絡してくれてありがとうね。今度ご飯作るよ」
「えっ! 私……この前食べたわ。ひと月前よ」
「うん、だからそれとは別の、お礼として。……ほら、わたしは料理が好きだけど、作ったら食べてくれる人が必要でしょう」
 自分でも何を言ってるのか分からないが、とにかくベビー5が必要だという気持ちだけは込めた。それを聞いてベビー5は、いつもの調子になる。うつくしい顔を赤くして、手を頬にあてて、かわいい女の子になってしまう。どうやらうまくいったらしい。彼女をこうさせるのが、わたしは苦手だ。
 あまり外に出させてくれないドフィと過ごすようになって、わたしの趣味はあたりまえだけど家でできることばかりになった。料理とか読書とか。模様替えもすきだし、買ってもらった服でひとり寂しくファッションショーをするのも、すき。
 なかでも役に立っているのは、やっぱり料理だ。いくらでも質の良いものを食べているはずのドフィにも、気に入ってもらえている。演技なのかもしれないけど、それならそれでもいい。一度ファミリーにふるまったら、みんなまた食べたいと言ってくれた。でも毎日たくさんは作れないし、それに当然ドフィが許さない。だからたまに、順番を決めて、一人だけに作っている。この前はたしか、セニョールだったかな? 一周するまでは順番は回ってこない。特別ははない。それを知っているから、ベビー5は驚いたのだ。
「でも若様が怒るわ」
「わたしが言うから大丈夫よ。食べたいもの考えててね」
 ファミリーのすべてを知っているわけではない。彼女の手が汚れていることは知っている。それでもどうにかしあわせになってほしい人間のひとりだ。頷いた彼女を、ひらひらと手を振りながら見送った。


 ひとり戻ってきたドフィは、ベビー5の言うとおり、すこし具合が悪そうだ。おかえりのキスはやめておく。
「おかえり」
「あァ。少し寝る」
 弱っているのがいやでも分かった。抱き寄せてはくれたけどそれ以上はない(なくていい)。そのときの体は熱かったように思う。ただの風邪ならいいんだけど。倒れこむようにベッドに横になったドフィは、サングラスをわたしに渡すとすぐに目を閉じてねむってしまった。大きな布団をかけてやる。
 勝手に、風邪なんかひかないと思っていた。そんなわけないのに。汗ですこししめった頭をなでる。口にしなきゃいいでしょと思って、ほっぺにキスをしておいた。
 気配で起こすのも悪いので、隣の部屋でさっきの続きをやる。追加で、おかゆ。暇だからといろいろ作りすぎて、冷蔵庫がぱんぱんなのを思い出したりしていた。今作ってるやつも、冷やすスペースはもうないだろう。そろそろ飽きている自分には気づいているが、わたしのご飯を待っている人がいると思うと、やめられずにいる。いや、やめることはできない。なにもしない、させてもらえない、自分の血を流すことがないわたしがやることは、これなんだと思った。あくまで趣味ではあるが。そう思うならば完璧を目指すべきなのだろうが、外には出られないからできる範囲で満足している。極端な話、わたしはドフィだけにおいしいと思ってもらえるだけでよかった。
 ぼーっと鍋を見ていると、さっきみたいにまた隣からわたしを呼ぶ声がしたので、向かった。ベッドのうえの大きなかたまりが、起き上がっている。時計はあれから、2時間後を示していた。
「おはよ」
 手招きされる前に寄っておくのは正解だったみたいで、眉間のしわは増えることはなかった。まだ眠そうで、いつもは見ないそれがかわいくて、きゅんとする。でもキスされそうになったのは、避けた。
「うつるからだめ」
 見上げながらそう言ったら、それ以上はされなかった。
「おかゆ作ってるよ。いらない?」
「まだいい」
「あーんしてあげるのに」
「……別のときでいい」
 なんだか調子が狂っちゃうよと言ったら、機嫌が悪くなりそうたったから、言わないでおく。風邪で心細いのだ。おかゆを持ってくる一瞬でも、離れたら嫌みたい。お尻に回った長い腕が、力なく締まる。
「医者呼ぶ? 薬飲んだらすぐ治るよ」
「ここの医者は全員殺した」
「え……いつ?」
「そろそろこの島は捨てる」
 知らなかった。いや、違う、わたしはいつも知らないままだ。きっと一生こうなのだ。こんな類のことは彼の口から何度も聞いたのに、いまだに慣れない。急に消えてしまいたくなった。冷蔵庫が溢れそうなのも、もう心配しなくていいみたいだ。何も入っていないやつをまた買ってもらえる。でも、作り置きとか、みんなの好物とか、いろいろ入ってるのを、捨てなければならない。美味しくできたアレは早めに食べないと……。
 もしかして、ドフィの体調不良が前代未聞だったのは、ここに帰る前にきちんと医者に行ってたからではないのか。具合が悪くならない人間なんていないのだ。でも今は医者を全員消したから、治らず部屋に戻った。わたし、そんなことも知らなかったんだ。
 さっきより視界が暗い。それが気のせいなことは分かっている。ちょっと前のときめきも一瞬にしてなくなった。そうだ、わたしの恋人は、こういう人だ。忘れていたわけではないが、そう思い知らされる。わたし、ずっと知らないまま生きていく。息を吸った。
「……そう。出る前に一言くれる?」
「?」
「ベビー5にご飯作るって約束したの。ここを出るのなら次にいつキッチンが整うか分からないし」
「あァ、分かった。キッチンは早めに用意させるさ」
 声は震えてなかっただろうか。いや、わたしの声がどうだろうとドフィには丸わかりかな。ベビー5は怒ると心配していたけど、この人は基本わたしには甘いのだ。お願いすればなんでもきいてくれる。そして、怖い顔もかわいい顔も知っている。……つもりで、ほんとうのドフラミンゴのことなんか、なにもわかってないんだろうな。それがつらいことなのかどうかは、もう考えたくない。解決しないし、ここから逃げることはできないのだから。




191002 不揃い