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 あまい声がローを呼んでいる。すきな声だからなにを言おうがローはこの声がすきだったが、自分のなまえを呼んでくれるのがいちばんすきであった。ふたりきりのときだけの呼び方が、とくべつだからだ。ふだんはキャプテン、ふたりのときはロー。きっちり使いわけるなまえのことを、言ったことはないが、かわいいと思っている。

 ローは目をあけた。ポーラータング号はめずらしく、浮上したまま夜をすごした。体をおこして窓の外をみると、やわく月が海を照らしている。見飽きたそれをずっとみるような理由もなく、ローは自分の隣に視線をうつす。薄着のなまえがローのほうに寄り添ってねむっていた。ずりおちたタオルケットを、ほそい肩にかける。長い髪が散って目が見えないのがいやで、指で後ろにながす。あらわれた目は当然閉じられていたが、ローは満足だった。

 たまにこうしてふたりでねむることにしていた。ローには船長室が、なまえには女部屋が自分の拠点として割り当てられているが、ローがなまえに来いと言った日だけは、船長室のローのベッドで、ふたりでねむるのだ。はじめのころは、すこし話して、ねむる以外はなにもしなかった。だが、いつのまにか船長室には、なまえの読書用の本、いい匂いのするヘアオイル、赤色のカーディガンというような、なまえのものがすこしだけ増えた。ローの生活の一部にしてはかわいすぎるのに、ローはそれを咎めなかった。わるい気はしなかったからだ。

 どうしてかねむくならなくて、ローはずっと起きていた。今回の航海はけっこう長期で、船内の空気がよどんできている。最近はそのことで、表情の変化はあまりないながらも頭をなやませていた。解決策はとくにない。考えてもしかたのないことを考えていると、いつのまにか外はすこし明るくなっていた。
 となりのなまえが動く。起きる、とローはすぐにわかった。ここでねむったとき、朝のあいさつは交わさない。明け方、しずかに出ていってしまう。それに不満はないし、着替えとか、女に準備があることも理解している。でも、ローはいつもすこしだけ、さみしい気持ちをもってしまう。これもやっぱり言うつもりはない。
 ローはとっさにねむったふりをした。たぬき寝入りは得意だ。ゆっくり起きあがるなまえのからだを、空気でかんじる。

「……わ、寒い」

 寝起きでかすれた声がローの耳を揺らす。ローは、自分の心臓がふるえるのがわかった。さっき夢でもきいた声だったからだ。薄目を開けると、後頭部がみえた。置いていたカーディガンを羽織っていた。そのままなまえはしばらく動かなかった。寝起きはまったく頭がまわらないから、数分は自分でも起きているのか寝ているのかわからない状態がつづくと言っていた。
 ベットのうえ、なまえの手が動く。小さな手がローのものを探しあて、それをにぎりこんだ。あまりに冷えているそれにローは驚いたが、いまは寝たふりの時間だから、しずかにしていた。
 やわらかな指が、何度も何度もローの大きな手をにぎる。やめてくれと言いたいのに、やめてほしくなかった。なまえをまえにすると、ローは自分が自分ではいられなくなる。ふれたところがあつくて、くるしいのにさわりたくなる。それもこれもローがなまえのことを好きだから。

 ローは、たぬき寝入りが得意だ。だから、ローが寝ていると信じたなまえは、その顔にくちびるを寄せた。

「おはよう、ロー」

 左のほっぺたの、まんなか。いつもよりすこし乾燥した、なまえの小さなくちびるがそこに触れる。くちづけたあとのなまえが微笑んでいることをローは知ることができない。だって寝ているのだから。離れたなまえは、ローの寝顔をたのしんで、またくちづけた。ローの短い髪を起こさないように撫でて、立ち上がる。なにもかもがしずかだったこの空間で、扉をあける音だけがおおきかった。

 あまい声ののこる自室で、ローは心臓をぎゅっとつかまれている。さっき自分の手をにぎったやわらかい指が、あますことなくそれをつつみこんでいた。なまえとねむったとき、ローはいつも彼女が出ていってから目を覚ますから、知らなかったのだ。なまえがローにキスをしていることを。だいすきなあまい声で、おはようと言ってくれていることを。それを知ったローの胸は、ドクンドクンとうるさかった。




190919 抱えられないね