晩飯の後、なまえはスマホを構えて俺を見た。
「写真撮っていい?」
撮るのも撮られるのも好きじゃない。「新しいの買った!」と見せてきた花柄のスマホケースで口元を隠し、語尾にハートをつける。俺が断ると思ってるんだろうか。
「好きにしろ」
「じゃあピースもして」
「ピースはしない」
唇を尖らせながら撮られる。フォルダを見たのか、スマホ越しのなまえは嬉しそうだった。何が楽しいのかはわからないが、なまえが楽しいなら構わないと、いつも思う。
「やっぱり髭ないほうが若く見える……前髪短いほうが幼く見えるのと同じ理由?」
「さあな」
「髭っていつ剃るの?」
「夜。急ぐと切るからな」
へえ、と言いながら写真は飽きたのか、スマホはテーブルに置かれた。細い腕が伸びてきて、俺の顎を撫でた。
「歯磨きしてないからやめろ」
「ほっぺもだめ?」
「……俺がいいって言うのも変だろう」
すり、と頬と頬が触れあう。ぴたりとくっついて、それから腕が首に回った。いつもより近い時間が長い気がして、やっぱり髭って痛いのか、とぼんやり考える。
何度か頬にキスをして、された。すると、なまえがパッと離れる。
「先生」
「?」
「ほっぺだけでいいと思ってたけどやっぱりチューしたいな」
「……歯磨きしに行くか」
「わたしも〜」
「並んで磨くのか?」
「結構好きだよ。洗面所が狭いと人と暮らしてる感じがするから好き。うち、ちょっと広いし」
胸が痛む。離れて先に洗面所に行ったなまえを見送ってから俺も立ち上がる。
ジワジワと育ったそれをそろそろ言おうかと考えていたところだった。「チャチャっと一緒に住みなさい」正月の母親の言葉を、最近は何度も思い出してしまう。言い出せないのは何故だろう。断られないという根拠のない自信はある。
俺はなまえが好きで、なまえも俺のことを好きでいてくれて。互いの家に行ったり来たりを面倒だと思ったことは一度もないが、なまえはどうだろう。そういえば聞いたことはない。
俺が見ているからか、それとも余裕があるからか、なまえは手鏡を持って自分の歯をしっかり見ながら磨いていた。そういえば最近歯医者は通えているのか。当然鏡越しに目は合わない。こちらを見ないなまえは相変わらず、小さい。