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「#幼馴染」のBL小説を読む
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 一般人の“個性”使用は緊急時を除いて、法律上禁止されている。他人を傷つけることをしなければ、見つかってもまあ注意されるくらいで済む…とはいえ、注意されすぎるのも成人を過ぎた人間としてはどうなんだろうと思わなくもない。なのでわたしは、見つからなさそうなタイミングで自分の“個性”を使用している。
 そのタイミングというのは、夜だ。毎日そうしてるわけじゃないけど、わたしは夜、とっても自由だ。

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「お疲れ様でした」
「お疲れ! また明日ね」

 仲良くしてもらっている先輩と晩ご飯を食べた日の帰り。駅の中に消えていく先輩を見送ったあと、こそこそ人影のないところに急ぐ。今日はお酒飲んでないし、スカートじゃない。鞄のチャックもきちんと締めた、ヒールのある靴だけど高くないし、気をつけたら平気。あまり風がないのがネックだけど、なんとかなるだろう。

 ……本当は服装もチャックもヒールもどうだっていい、先生にばれなければ。
 先生は飛んじゃダメだとは言わないけど、飛びすぎるのもダメだと言う。俺の見てないところで飛ぶなとまで言うこともある。そりゃあ危ないのはちゃんと分かっている。実際着地を失敗したことは何度かあるし。

 一般人は殆ど“個性”を使わない。でも、使わなかったら廃れてしまう。わたしは自分の“個性”をそうしたくない。
 “個性”を自由に使用できるジムみたいな施設もあるけど、多種多様なのでやっぱり危険がつきまとうし、そういう施設はお金のある人の遊びみたいな感じになっていて、とてもじゃないけどわたしが行けるような場所ではない。とまあこんな感じで正当化しているけども、これから何とかしたいことの中の、ひとつだ。今はたまに使うだけ、に留まっている。

 鞄をしっかり握りしめてから、少ない風を集めて飛び上がる。この瞬間がたまらなく好きで、いつもわたしは息を呑んでしまう。
 目の前にあった光が一瞬で小さく遠くに行って、わたしを照らすのは月になる。暗がりで自分の手を見ると、影がゆるゆると動いていて、ああ今空にいる、と実感する。今だけは何もかもが自由だ。高くするのも、速くするのも。何年もこの“個性”と一緒に過ごして来たけど、今のこの状態が、浮いているのか飛んでいるのか、風に乗っているのか未だにわからないでいる。
 当たり前と言われたら当たり前なんだけども、やっぱり学生の時と比べて時間が、余裕がなくなった。いつぶりだろうか。もしかしたらこうしてきちんと飛べたのは、仕事を始めてから初かもしれない。

 久しぶりで楽しかったのでやたら時間をかけてしまった。前髪はひどく乱れている、汗が出る、顔はベタベタだ。外でご飯を食べたし、もうあとは風呂に入って寝るだけだ。今日は念入りにスキンケアしておこう。マンションの隣の低めのビルの屋上に降りる。髪と服を撫で付けて、すぐそこに帰れるだけの見た目を作る。楽しかった。体力を使うのでいつもはやれないけど、感覚を忘れないためにもたまにはこうしたい。気持ちが上がっているのがよくわかる。息を大きく吸って大きく吐いている自分がいる。心地の良い疲労がどっと全身を襲う。早く帰ろう、そう思ってまた飛び上ろうとした時だった。

「なまえ」
「!?」
「驚きすぎだろ。でも、急に話しかけて悪い」
「せ、先生…なんでここに」

 暗闇から声をかけられた! すぐ先生だとは分かったけど、わたしはこの後のことを一瞬で想像できて背筋が凍った。わたしの疑問に、先生は捕縛布に指をかけてぐいと下げ、口元を見せながら笑う。

「何となく」

 ――たまに、それ、分かってやってるのかなあ、と思うような行動をする。なんていうか、いちいちかっこいいやつ。先生の見た目だけが好きなわけじゃないけど、でもやっぱり先生はかっこいい。凍ったはずの背筋は元に戻り、速くなった心臓を誤魔化すために唇を噛んだ。

「う、うち来るの?」
「明日早いから、帰るよ」
「そっか」
「寂しいか?」

 寂しいとか寂しくないとかそれどころではなかったので、なんと答えていいか分からない。少し考える。

「……、大丈夫」
「なまえ」
「なに…、っん」

 前髪も顔もひどいから、あまり近づいてほしくなかったのに、わたしの体は拒否をしない。唇がいつもより乾いているだろうに、先生はそんなことも構わずそっとキスをした。誤魔化した心臓もむなしく、また速くなってしまう。きっともうこれ以上はしないだろうな。あれ、そもそも、外でキスしてもらったこと、あったっけ。いや、なくていいか。
 離れた先生は指でわたしの唇を拭った。見上げても、逆光になっていて先生の顔はよく見えないけど、多分優しい表情をしている。キスしたあとの先生がかわいいことを、わたしだけが知っている。

「ほら、もう帰れ」
「うん」
「下ろそうか」
「いや重いから自分で行く」
「じゃあ見てる」
「…それも嫌だ」
「家に入るまで」

 誰にも見られないようそっと地上に降りて、家へと急ぐ。ちらりと外を見ると、夜に似つかわしくない真っ黒なシルエットがまだそこにいた。見えないだろうけどなんとなく手を振ってから帰宅する。

 わりと今日は仕事が忙しくて、まだあまり慣れてないから帰りの先輩とのご飯を楽しみになんとか頑張って、その上久し振りに飛べたので疲れはしたもののかなり充実した日だった。それなのに先生にも会えたし、こんなに良い日はそうそうない。
 家に入った途端汗が噴き出るような感覚がした。鍵をかけて、そのままの体勢で俯く。体の全部が熱かった。