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 女性の、薄くてピンクになった唇が作られたものと知ったのはなまえと付き合い始めてからだ。今まで気づかなかったが、女性も当然ながら人間であるため、何も塗らなければ俺たち男と同じような主張のないものになる。唇に色があるだけで、顔は突然華やかになる。あるときは赤、あるときは自然なピンク、あるときは…そしてその変化は、瞼にも比例している。顔を近づけてはじめてわかる瞼の輝きは、毎回違うような気がしている。気がしているだけで実際変化はしてないのかもしれない。自信がない。



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「えっ! 先生!」
「?」
「ミッドナイト先生がイメージモデルやる新しいリップのこと知ってた!?」

 知るわけがない。 なまえはスマホを見ながらたいそう興奮している。

「見てみてみてすごくかわいい! マットリップ」
「はあ…」
「予約する!」

 文字通りの目の前まで持ってこられた画面には確かにミッドナイトさんがいた。こちらを向いて微笑むミッドナイトさんの唇の色のどこがかわいいかなんて、俺には全くわからなかったがなまえの気にいるものがこの世に増えたことは良いことだと思う。マットリップというのは、つやのないものらしい。俺の彼女は化粧が好きなので、そういうのをたくさん集めている。

「ここのブランド、買ったことないからついでに他のも買ってみようかな」

 にこにこしながら画面を触るなまえの唇は、今は特に色はないが普段つやつやとしていた。さっき教えてもらったのとは、正反対だ。

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「先生〜、マフラー後ろで結んで」
「適当でいいか」
「うん」

 寒くなってマフラーが手放せなくなってきた。今日は前から約束していた、映画の日だ。待ち合わせすることもあるが、結局直接家まで行くことのほうが多い。今日もそうだった。家に行けば準備も終わる頃で、完璧にきめたなまえが俺を出迎えてくれた。
 渡されたマフラーを結んでやって姿見の前で一回転。いつも通りのなまえが鏡の向こうから俺を見ている、はずだった。

 いつもと感じが違う、と思った。どこがと言われたら分からない、でもどこか違う。じっと鏡の中を見つめると、それに気づいたなまえがこちらを見た。

「なに?」
「いや…」
「ふうん? じゃあ行こっか。予約はしてるけど混むの嫌だし」

 結局どこだか分からないままに家を出た。

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 鏡越しでなくても、やっぱり感じが違うと思った。映画館の暗がりでも、昼飯のパスタ屋でも、買い物中でも、休憩のカフェでも何度も同じように思ったのに、やっぱり分からないでいた。

「…ねー」
「ん?」
「なんか今日やたらわたしの顔見てない? なんか変なところある?」

 バレていたらしい。注文したアイスティーを飲みながらなまえは唇を尖らせる。
 それを見て思い出した。

「今日の…」
「うん?」
「今日の、口の…やつ、この前言ってたやつか?」
「リップ?」
「そうだ、…ほら、ミッドナイトさんが…広告の」
「えっ! 分かった!?」

 俺の言葉に今日一の笑顔になるなまえが眩しくてしょうがなかった。そうだ、いつもはつやつやしているのに今日はそうじゃない。この前嬉しそうに見せてきたものに、似ていたのだ。
 それが本当にミッドナイトさんがやってたものなのか確信は無かったし、特に買いに行くところを見たわけでもない。でも買うんだろうとは思っていて、それにたまたま気づくことができたというだけだった。

「かわいいでしょ。この前ようやく発売して、今日はじめて使った」
「そうか」
「先生がこういうのになんか言ったの、初めてじゃない?」
「なんとかリップはつやがないって言ってただろ」
「覚えててくれたの?」

 頷いたら更にニコニコした。そうしてしばらく黙ったあと、ストローを回してなまえは続ける。

「わたし、普段から化粧は好きだけど、先生と一緒にいるときは先生にかわいいって思われたくて化粧してるから、気づいてくれて嬉しい」

 目を伏せてアイスティーを飲むなまえの瞼はいつもと同じように輝いていたし、よく見れば睫毛はなんだか長い気がした。かわいいと思われたくて化粧をしている、ひどい殺し文句だ。全身が熱くなって、ホットコーヒーどころではなくなる。ああ、俺まで嬉しくなってどうするんだ。そんなつもりじゃなかったのに。「先生具合悪い?」なまえにそう言われてしまうまで、俺は何も話すことができなくなってしまった。





181210 企画提出