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!本編より数年前




「バイト入れたよ」

あっけらかんとそう言われて流石に口が開いた。そうだよな、大学一年生、バイトしたいよな。俺がもし大学生でもそうだったと思う。でもな。ベットでぐるぐる考えていると、「先生もう寝るの」と声がかかる。明日からデカい案件に手を出すことになっているから朝が早い。どうせなまえのことを起こさなければならないし、寝るなら早いほうがいい。うん、と答えてから目を閉じる。ふわふわとした眠気に身を委ねながら、なまえが背中に抱きついてくるのを感じた。




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当初の予定より大幅に時間がかかる案件だった。12月の頭から開始され、中旬には終わるはずだったのにもうカレンダーは24日を示している。いい加減今日明日で決着がついてほしいと思って何日経ったことか。ここ二日は完徹だった。教務は冬休みにかかるため少し楽ではあるが、やはりきついものはきつい。寝たい。“個性”の発動にも支障が出る。
なまえに会ってないのも何というか、きつかった。そういえば、クリスマスプレゼントを買えてない。しかしそんなことを考えている暇はない。仕事は仕事だから。家を出る前にちらりと見た洗面台の鏡には、それはもう酷い有様の男が映っている。

高層から見る景色はいつもより明るく、空気は浮き足立っている。家族が恋人が、おのおの楽しんでいる。混ざりたいと思うわけでもないが、やっとの思いで捕まえた女の子をこうした日に楽しませてやれないのは心に引っかかってしまう。なまえはそんなこと思ってないのだろうが。誰もいないのをいい事にハアとわざとらしくため息をつくと同時に、インカムから指示が入ったので、電柱に飛び降りた。



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あれほど終われ終われと思っていたというのにあっけなく終わられてしまうとなんだか面白くないが、逃げに逃げたヴィランはインカムからの情報によると拘束できたらしい。今日は日が日だからと事後処理は明日に回され、ヒーローは全員解散になった。
携帯を取り出すと一時間前になまえから着信があったので、掛け直す。時間的にまだバイトじゃないのか? しかし声が聞きたい、その一心で待っていると、焦がれた声が耳に入ってきた。

「もしもし先生?」
「…もしもし」
「ごめんね、さっき電話して。もうお仕事終わった?」
「ん、今」
「どこ?」

そう遠くはないが、まあまあ面倒な距離だ。

「行っていい?」
「…バイトは」
「もう終わったよ!」
「飛んでくるのか?」
「うん」
「少し遠いから俺も途中まで行く」
「うん!」
「寒いからちゃんと着込めよ。風あるぞ」
「わたし風だから関係ないよ」

そうだ。なまえは風だった。
携帯を切ってから、いっぱいになっていた胸を撫で下ろした。冷えていたはずの顔が燃えるように熱くて、目の奥が痛くなる。声聞いただけでこれなんだから、本当に重傷だと自分でも思う。会ったらどうなってしまうんだろうか。疲れて動きたくないはずの体はいつものように動いてくれる。ビルの屋上から飛び降り、なまえのところに向かう事にした。

建物から建物へ移動していると、灰色の何かが浮いてるのが見えてきた。結構なスピードのそれは、風の流れに乗って俺へと近づいてくる。

「先生!」
「消すぞ」
「え! 危なっ……うわあ!」
「受け止めるから消した」
「消さなくても良かった! 怖いよ」
「ごめん」

空中から落ちてきた女の子は、防寒着と荷物のせいで少し重い。横抱きなのを下ろして、改めて抱きしめる。肩に顔を預けて、深く息を吸う。この慣れた匂いを纏うようになって一年も経ってないが、こんなにも安心できるのが俺自身不思議だ。背中に回った細い腕が、少し力をこめていて、くすぐったい。

「先生、疲れた?」
「完徹二日目」
「うわ! 大変だ」
「それよりクリスマスが、と思って」
「わたしのこと気にしてくれてたの?」
「…まあ」

耳元でなまえが喋っている。それだけで腹の奥が締まるのがわかる。どう考えても狂わされている。だいぶ年下の女に。欲しいと望んだ女の子に。

「わたしもバイト入れたし」
「うん」
「今会えたから、これでいい」
「……しょうもないビルの屋上で?」
「屋上で!」

幼い笑顔が迫り、触れるだけのキスをされた。ばくばくと心臓が鳴っている。俺ばかりがドキドキしている。

大学生の女の子に似合うはずのないビルで、だいぶ年上で、徹夜しまくってボロボロの男に会えたからそれでいいって、そんなことあるのか? お前は優しすぎるよ。でもお前が良いなら俺も良い。なまえが俺のものになったあの瞬間から、俺はなまえのものだ。俺の心臓だって支配できる女。
何も言えない俺を、何も言わないと思ったのかすこし焦ったようすで「嫌だった?」と聞いてくるのが愛おしかった。





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