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 なまえが何にも言わないので、ちょっとやりすぎたか、と反省していた。
 元とはいえ、教師と付き合ってるという事実は他人に話すようなことではない、と俺は思っている。おそらくなまえも思っている。いらないことは言わないほうがいい。しかも言い回しが最悪だ。俺らしくもない。
 仕事が終われば、終われば迎えに行く、と思いつつも急いで仕事を片付けた自分がいた。迎えは頼まれてないが、誰かと帰るのならそれでいいし、多分急に現れてもなまえは迷惑がらない、と考えた。実際はそのどちらにも当てはまらなかったわけだが。

「仕事終わらせてきてくれたの」
「そうです」

 いつかのような屋上に下ろす。よく見たら洒落た格好をしていたから、適当に抱き上げたことを申し訳なく思う。
 なまえは俺に抱きついた。胸に頭をぐりぐり押し付けたあと、顔を上げる。笑顔になっている。

「ありがと」
「…、どういたしまして。本当に何もされてないな?」
「手掴まれただけ。二次会行かされそうになった」
「行かなくてよかったのか」
「あんまり楽しくなかったから、もういいや。連絡しとく」

 ぐっと顔が近づく。いつもより瞼がぎらぎらしている気がする。

「さっきのよかったの?」
「……、俺のって?」
「うん。多分すぐ広まる」
「付き合い始めたのは卒業してから、手出したのは成人してからだし、いいだろ」
「あることないこと言われちゃうよ」
「お前だけが事実を知ってればいいよ」

 というより、これまでばれてないことのほうが驚きだ。言わないようにはしているが、別に隠しているわけではない。二人で出かけたりもしている。分かる人間には分かるようになっている。

「ね〜、先生」
「何だ」
「同窓会でクラスメイトの男子に何か言われるって、漫画みたいでしょ? よくあるやつ」
「うん」
「そう思ってたら先生来てくれてね」
「…それも漫画、って?」
「ふふふ、そう! しかも、俺のって、わたしのこと」

 そう言いながら俺を見つめ、嬉しそうに笑うなまえのことを、好きだと心底思った。顔が熱い。らしくもない台詞を吐いた、と一瞬でも悔いたのに腹が立つ。なまえが良いならなんだって良いのだ、俺は。そうなりたいと思い、そうなった。

「じゃあ先生はわたしのにしていい?」

 とうの昔からそのつもりだったと、素直に言えたなら良かったのだろうが。任せて言えるような感情が今の俺にはなくて、静かに頷くだけに留まった。頷いただけの俺に満足したのか、なまえは改めて俺を抱きしめる。俺も、なまえを抱く。外出用の、すこし甘い匂いを肺に閉じ込める。この女の子を他の人間のものにしたくないと考えているのを、悟られないようにしている。




(180208)