もうすぐ帰れる。
同窓会があまりにも楽しくないもんだから、帰りたいの気持ちでいっぱいになってしまっていた。人生はじめての同窓会だったから、一体どんなものなんだろうと楽しみにしてたのに。
恋愛の話ばかりだ。昔からあまりその話題は得意じゃなかった。他人の恋愛事情なんて興味がない。性生活とかも。顔や性格を分かってる人が誰かとキスしたり、誰かを抱いたり誰かに抱かれたりしてるのを想像できてしまうのが、嫌だ。わたしも話したりはしない。
わたしたちの年代は働き始めたばかりだから、仕事の愚痴とかが多いと思っていたのに。決して愚痴は良いものではないけど、恋愛の話より個人的には全然いい。
時間を待って、自然な感じで抜け出そう。そう思っていたのに。
「みょうじ帰るの」
「……帰る」
「次もなんか飲むって言ってたよ。良い酒あるって」
「いや、帰る」
漫画かよと思った。男子に声をかけられている。誰だっけ? 名前覚えてない。記憶なんてすぐ消えてしまうものだ。
今日は同窓会であり、合コンではない。ちゃらちゃらしてる感じの人とは関わったことがないので、どうしたらいいか分からなかった。
「行こうよ」
「いや帰るから。お金ちゃんと渡してるし、もうかえ、る」
「いいじゃん」
よくない。よいのはあなたであってわたしではない。いつの間にかすぐそばまで寄ってきていて、手首を掴まれた。もうほんとに最悪だ。久しぶりに会ったクラスメイトにやることではない。
振り解こうとしても無理だった。なんで? この人の“個性”…なんだった? 忘れた。名前を覚えてないなら“個性”も分かるはずない。わたしたち普通科だし。そもそも単純に力が強いだけかもしれない。振り向かずに無視して帰ればよかった。
「…さ、触らないで」
「なんで? 彼氏いんの?」
「……」
いるけど言えないので黙ってしまう。ていうか、彼氏がいるいない関係なく触らないでほしい。気持ち悪い。“個性”使って振り払ったら怒られるだろうか? 正当防衛にならない? ならないか…。
会場がそこまで遠くないのもあって、先生に迎えは頼まないでおいたけどそれが仇となったようだ。頼めばよかった。全然楽しくないうえにこんなことになるなんて、最悪だ。
そういう気持ちでわたしを触るのは先生だけでいい。触らないでほしい。じろりと睨む。
「関係な…」
「そこまでだ」
もうどうにでもなれと“個性”を発動しようとしたらできなくて、「あれ?」と思う前にわたしの背後に気配がした。手首の力も途端に弱まる。男子は驚いて固まっている。後ろから黒い手が伸びてきて、パシンとわたしの代わりに振り払われる。
「何してる?」
「い、……イレイザーヘッド!? 何でここに」
「プロヒーローがパトロールしてたら悪いのか」
息を飲んだ。場所と時間は伝えていたし、ここにいること自体はおかしくない。声が怖かった。知らない人みたいだった。
そういえば先生に怒られたことないなと、こんなときにどうでもいいことを思う。注意されることはあるけど、こんなふうに、低い声をもっと低くしてるの、聞いたことない。
彼は先生がイレイザーヘッドだと気がついていた。雄英生徒なので当然といえば当然だ。
「何かされたか?」
「…ううん、何も」
「じゃあいい。帰るぞ」
「えっ、わあ!」
ガッと抱き上げられ、慌てて先生の体に手を回す。ようやく視界に入った先生はゴーグルをつけていた。取り残された彼のほうを急いで見ると、ポカンとしていた。気持ちは分かる。ただのプロヒーローであれば、緊急性はないし、ここまでする必要はない。抱き上げる必要、全然ない。
しかしわたしにとってこの人は、ただのヒーローではないのだ。この人にとってわたしは、ただの助けるべき一般人ではないのだ。
「……悪いな。この子は俺のだ」
漫画のようなことは続くものだ、と思いながら、飛ぶ感覚に身を委ねた。
(180205)