×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

「動く?」
「はい」
「じゃあ終わり。無理したらだめだよ」
「はい」
「今回は仕方ないけど、あんまり泣かせないでやって」
「……、はい」


;
 扉の前で、手をグーパー握ったり離したりする。両腕を回す。骨折は何度か経験したことあるし、その都度完治してきたが、今回ばかりは確認も念入りだった。我ながらなんというか、表現しがたい感情になるものの、なまえがまた泣くよりはこれで良かった。でも、多分今日も泣くのだろうと思う。悲しませたくない、泣かせたくないと俺は常に思っているが、それとなまえが泣いてしまうのとはまた別の問題だ。
 女の子の家の前で体操のようなことをしていると通報されそうだ。どうしてか今回ばかりは会うのに緊張してしまう。甲斐甲斐しく世話をされていたと思うと、どうも。
 昨日まではインターホンを押してドアを開けてもらうよう頼んだが、今日はいつものように合鍵で入れる。音を立てずに入って、リビングのドアを開けた。

「わっ」

 開ける音で、なまえは悲鳴をあげながらソファから飛び退いた。抱えていたクッションを盾にしている、が、すぐに落とした。

「包帯とれてる」
「今日取った」

 なまえはこちらに来たが、遠慮しているのかぴったりと近くには来ない。両手を少し広げてみたら、おずおずと細い腕が伸びる。引っ張ったらすぐ抱きしめることができた。

「……もう痛くない?」
「痛くない」
「……、良かった〜〜…」

 額を俺の体に軽く押し付けたまま、動かない。やっぱり遠慮していて、抱きしめ返される力もいつもみたいな感じじゃない。吐いた息が体に当たる。鼻をすする音がする。
 代わりにこちらが強く抱きしめた。腕が不自由なのは、かなり不便だった。日常生活も、なまえと過ごすのにも。そうして二人とも黙ったまま何分か過ぎて、ようやくなまえは喋る。

「…先生」
「ん?」
「今めちゃくちゃ顔やばいから顔洗ってきていい?」
「いいよ」
「絶対見ないでね!」

 思ったよりも泣かれず安心している自分がいた。離れた瞬間に顔を手で覆って、こそこそしながら洗面所に向かうなまえに笑いが出る。いなくなった瞬間に、緊張がとけた。
 本当に俺は、泣かれると弱い。今日のような、自分が行けば泣くと分かっているところに行くのは、結構勇気がいることだった。深くため息をつく。
 二週間帰り続けたこの部屋も一旦さよならだ。座るのもなんだか違う気がして、立ったままでいたらなまえは戻ってきた。

「まだかかると思ってたから洗濯まだしてないし荷物もまとめてないの」
「いいよ。言わなかった俺が悪い」
「荷物今度にして今日帰る?」

 気のつく女の子ではあるものの、少し抜けているとも思ってしまう。また腕を引っ張って、胸の中におさめる。耳元に顔を寄せる。

「今日までここにいる。いいか?」

 くぐもった「いいよ」が聞こえる。安心して力を込めたら「痛いよ〜」と情けない声が聞こえて、ようやく俺は笑った。




(171228)