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 なまえの家にいるときの俺は早起きだ。アラームを切って、横で寝ているなまえを揺する。死ぬほど低い声で「起きたくない」と唸るのを無視して毛布を剥ぐと、特に渋ることなく起き上がった。芸術的な寝癖をつけて、目をこすり、よだれを拭く。目が合ったような気がするが、多分合ってない。

「……」
「おはよう」

 寝起きは本当に良くない。それは何年も変わらない。起こして洗面所まで押していくのが俺の仕事だ。水を出してやって、跳ねまくった寝癖をヘアバンドの中に入れて、なまえ自身が自分に水か湯を顔に浴びせて、そうしたらなまえに朝が来る。

「……」
「おはよう」
「おはよ…せんせい」

 濡れたなまえの顔を鏡ごしに見る。まあひどい顔だ。朝が来なかったらいいのにと思っている顔を見るのは、わりと好きだった。
 朝飯は食パン一枚のうえに何かを塗るので精一杯。もともとそんなに料理をしないし、朝から食べられない、というのがなまえの話。たしかに気持ちはわかるがそんなんで足りるのか、という言葉を俺が言ったところで説得力などなかった。
 15分ほどかけてパン一枚を食べたあと、化粧。俺には一生関係のない動作。それを観察するのも、わりと好きだ。なんかを塗ってまたなんか塗って、何度も何度もそれを繰り返したら、仕事用のなまえになる。

「ファンデがもうなくなる」
「どうなるんだ」
「外に出れなくなる。肌ってまじで誤魔化せない」
「まだ若いだろ」
「そうでもないよ。年齢だけ」

 わからない。適当に相槌をうつ。

「先生さあ、今度一年生もつんでしょ」
「うん」
「すごいね」
「お前のときも一年もってただろ」
「そうだったっけ!? もう覚えてない」

 覚えてるのは俺だけか。少し悲しい気もするがそれは置いておく。熱されていたヘアアイロンが、跳ねたなまえの髪をどんどん大人しくさせていく。すこし毛先を巻いたあと、冷める前に後ろでひとつに結った。
仕事モードのなまえは結構、いやかなりできる女っぽい感じだ。はっきりとした化粧のせいなのか、乱れのないルックのせいなのかはわからないうえに実際の仕事中のなまえがどうなのかもわからない。きつそうではあるが勝手な俺の中での許容範囲のレベルだから、ある程度は楽しく、辛く、そしてやりがいのある生活を送っているのだろう。

「一年生かあ。ヒーロー科って、なんか近づきにくいんだよね。普通科からすると」
「…そうかもな」
「“個性”バンバン使って、危ないことして、リカバリーガールに治してもらって、また危ないことして…ヒーローって大変だなあってかんじ。でもヒーローがいるからわたしは平和に暮らせてるんだよなあ〜と思うと、近づきにくいって思ってるの、嫌なやつってなるね」

 朝から重い話題をふってくる。顔まわりの支度を終えたら次は服だ。ベージュのストッキングは新しいのを下ろしたらしい。正しく体に合うように履くには女を捨てた格好を、というのはなまえの言葉だった。

「だから、街でヒーロー見たり、ちょっと助けてもらったりするとありがと〜! って叫びたくなる」
「そうか」
「イレイザーヘッドも、いつもありがとう」
「……」
「身を呈して誰かを守るってどんな気持ちなんだろうね?」

 誰かが死ぬところを見たくないとか、争いが起きなくなればいいとか、金になるとか、ヒーローの数だけ気持ちはある。それを俺に聞くのか、と思ったが本人的には聞いたつもりではないらしい。スカートを履いている。

「あ〜そういえば! 先生!」
「騒がしい」
「目薬買っといたよ! この前もうすぐなくなるって言ってたよね?」
「……ああ、ありがとう」
「これで合ってる?」
「合ってる、合ってる」

 ふふんと嬉しそうに薬屋の紙袋を渡される。中身は間違いなく俺が愛用している目薬だ。そうだ、言った。記憶にある。なまえは、気のつく、良い女だから。100パーセントの善意に、俺はいつも助けられている。昨日の帰り、なまえの家に来る前に寄った薬局で同じものを大量購入したこと、そして中身の入れ替えてない鞄の中に入ったままになっていることは黙っておく。なまえの優しい気持ちを無かったことにしたくない。かわいい笑顔に泥を塗るなんてこと、俺ができるはずないだろう。