とある双方向の片想いと、それを見守る人間の噂話
※鏡花水月さんから相互記念
狡噛慎也は今恋をしていた。
ぶっちゃけ言えば初恋だ。
狡噛、と言えば職場では魔王レベルで恐れられ、また、女嫌いでも有名な男だ。
それがまたいいなんていう美人な女たちは漏れなく玉砕。それは執行官……潜在犯になった今でも変わらない。
そんな狡噛の恋愛対象になり得た女。
それはキャリア抜群でメンタル美人、だが見た目中学生でもいけるんじゃないかという子供っぽさを残した新米監視官だった。
もちろんそれが噂になるまで時間はかからなかった。三係の噂好き百田舞と高見彩果なんかはそれはもういいネタとばかりに噂した。
しかしそれが当事者の耳にはいることはなく、ただただ公安局の当事者以外に浸透した。
その理由は二つある。
一つは当事者達が鈍かったこと。
当事者−−つまりは狡噛と朱は自分達がそんな噂話に使われていることなど考えもしなかったし、狡噛に至っては隠しきれていると思っていた。
しかしだ。侮りがたし乙女の勘。
公安局の女子はこぞって嗅ぎ当てた。それはもういっそ猟犬より確率の高い嗅覚で。
二つ目は一係の策略だった。
当然上記の状況により宜野座始めとする一係メンバーにも噂は少なからず届いていたし、他の人間より二人を見ているわけだから噂よりも確実。さらに征陸と宜野座に関しては昔からの知り合いである狡噛のことなどお見通しだ。
狡噛ともあろうものがそれを忘れていた。いや……ばれるわけがないとタカを括っていた。
まぁ色々あって宜野座、征陸の解釈と検証により後悔の片想いは白日の元明らかとなった。そこで縢と唐之杜が冗談半分で言ったのだ。
いっそくっつけてしまえ、と。
宜野座が付け足した打算的ないいわけは二人がくっつけば互いに互いに制御装置にでもなるのではと考えられたからだ。
狡噛を制せるのは間違いなく朱だけだし、朱を宥められるのも狡噛だけに思えた。
まぁはっきり言って宜野座も元相棒である狡噛の小さな恋を応援したいわけだが。が、本人のプライド云々のお陰でそんないいわけができた。おそらく使うのは宜野座だけだ。
そんなわけあって今公安局では狡噛根性出せフェアなるものが行われていたり。
それはおいておこう。
「監視官」
「はい、なんですか?」
ああーーー!なんで名前で呼ばないの解釈と!
これは縢の意見だ。
なんでも縢曰く好きなこにはアピールとして名前で呼ぶのが普通だと言い出した。
ちなみにだがこの前こっそり狡噛が
「朱……」
と繰り返し呟いていたことを知っている征陸にしてみれば健気すぎた。
今まで常守、とか、監視官としか呼んでなかったために今さら変えられなくなったのだろう。
と言うか、朱もよく気づかないと思う。
あれだけ狡噛に贔屓されて、守られているのに。
シビュラは二人を赦さないだろうが、それでも狡噛ならば朱と一緒になっても大丈夫だと思える。だから宜野座だって応援し始めたのだ。
そうして日にちばかり過ぎていくなかで、ついに狡噛が行動を起こした。
「常守」
「あ、はい」
朱が公安局入りしてから3ヶ月経った頃だ。
ようやく慣れてきたのか朱もずいぶん狡噛と親しくなった。宜野座とは折り合いよく、とまではいかないもののうまく連携がとれている。
任されていた仕事を終えて、固まった体をほぐすように背伸びした朱に狡噛が近づいた。
「今日、飯食いにいかないか?」
「ご飯ですか?」
朱もバカではない。わざわざこうやって聞いてくるということは食堂に、ではなく、そとに食べに行かないかと言いたいのだ。
本来公安局とはいえ執行官は潜在犯。監視官なくして外へは出れない。
狡噛がこうやって誘ってくるのも、そとに出たいと要求してくるのも珍しい。だからこそ朱は存外あっさりと頷いた。
「あ、他の方々も……」
当然縢達を誘おうとしたが。
狡噛も何となくそうなるとは思っていたのだろう。だがなんだか気恥ずかしくて二人がいいとは言えない。
見ていて爆笑したのは縢だ。
首をかしげる朱に対し宜野座が咳払いを一つ。
仕方ないから気を使ってやろうではないか。
「こっちはまだ片付いていない。が、そっちは終わったのだから好きにしていい。こちらは気にするな」
「そうですか?えと、待ちましょうか」
「いや、この三人は提出し直しの報告書があるからな。罰として外食はなしだ」
「え、六合塚さんと征陸さんもですか?」
「俺は!?」
「え、いつものことでしょ?」
「なんか最近扱いヒドイ!!」
「じゃ、いくか常守」
「ちょっ、待ってくださいよーっ」
安心したのかなんなのか。気を使った宜野座達に目もくれないまま狡噛は朱の腕をとって通路を歩き出した。
それにちょっと眉を下げながら朱もついていく。
繋がれた手が恋人繋ぎなのはなにも突っ込まないでおこう。
「あーあ……朱ちゃん……」
「因みに縢。お前の報告書がクズみたいな報告書なのは本当だからな。あと二時間で直さなきゃ本当に外食なしだ」
「あら、宜野座監視官の奢りですか?」
「…………ふん。」
「久々に外で呑むかぁ」
「ええっ!!ちょっ、待ってくださいよぉ!」
残されたものは残されたもの同士楽しくやろうではないか。
宜野座はこっそり窓から、狡噛の車で出ていく二人を眺めながら自身の車のキーを握りしめた。
「……こんなところにこんな店あったんですね」
朱の目の前に広がるのは屋敷と言われる昔ながらの建物だ。
その看板には和料理亭と味のある筆書きで書かれていた。
意外だ。
狡噛のイメージだとコーヒーとかがある場所にいくと思った。
「苦手か?」
「初めてですねぇ……こーゆーのは」
「そう、か」
隣で朱をエスコートしてくれる狡噛の顔を伺ってみる。するとなんだか少し嬉しそうで優しかった。
「(……なんだろ)」
狡噛はいつもすごく優しい。朱だけにではない。誰にも気づかれないような気遣いだってできるし、朱にはすぐわかる。
だから今日誘ってもらえてすごく嬉しかった。
実は他のメンバーが来なくてほっとしていたのも事実だ。
朱の憧れで、習うべきことがたくさんある狡噛。彼に他の人とは違う感情を抱いていることは何となく朱は気づいていた。
ほんのりと、だが何かきっかけがなければ吐き出せないほど小さな思い。
通された廊下を歩き、女将に何かを渡された。それは所詮浴衣なるもので、あいにく……
「き、着方わかりません……っ!」
現代っ子な朱は恐る恐る手に取り結局は女将に笑われながら着付けてもらった。
どうやら狡噛は手慣れた様子で着替えたらしく今時珍しいわねぇ、と女将が言っていた。なんだか負けた気分だ。それを狡噛に言ったら本当に負けず嫌いだな、と頭をくしゃくしゃにされ、朱はぷーと頬を膨らませる。
勝てる気がしないのは生きた経験が違うからなのだ。間違いなく。
料理を頼む。一言二言言っただけで女将は頷いていたことから狡噛はかなりの常連客なのだろう。
「……綺麗になったな」
「///誉めてもなにも出ませんよ……?」
「いつも子供っぽいから」
「…………貶してます?」
「まさか」
相違って笑う狡噛は大人っぽく手酌を始めた。今では缶や瓶でさえ少なくなったアルコール。それが小瓶であるとはかなり伝統的な老舗だ。
大きくはだけた浴衣に頬が熱くなるのを感じた。
大人の余裕……とはああいうものなのだろうか……?
話は弾んだ。そもそも事件のことや勉強のことに関しては共通点が有り余る二人だ。当然つまらない話などなく、事件の話が尽きれば他人との接し方、犯人の行動の絞り方。狡噛から多くの技術を教えられた。
来てよかった、何て思わず狡噛に面と向かって笑うほど。
それを狡噛も喜んでくれたのだろう。次とばかりに朱の日常を聞き始めた。
えーと言いつつ朱も笑って話していく。
狡噛は縢と違って酒に弱くないらしい。だから朱も手加減することなくグイグイ呑んでいき、そのアルコールが今になって回ってきたのだろう。
些細なことを面白おかしく話して、空いていた狡噛との距離を詰めていった。
「えへへへ、ほんとーはですねぇ、狡噛さん撃っちゃった次の日会いづらいなぁーって思ってうんうん悩んでたんですよー?」
「……そうなのか?」
「ええー。だってはじめての職場でいきなりやっちゃいましたもんー。宜野座さんは怖いしー、縢君は意地悪だしー」
「そりゃ初耳だ。というかさっきから可愛いなオイ」
「可愛いーってなんですかぁーぶーー」
「じゃなんて言ってほしいんだ?」
「……んー……さっきぃ言ってくれたじゃないですかぁー……?」
「綺麗、か?」
「んーそーですよー」
「可愛いけどな」
「なんですかそれぇー。私だってですねーっ、こーがみさんに似合う女になりたくて大人っぽくなろうとがんばってんですよぉー?」
「……俺に?」
「こーがみさんかっこいーし、もてるしー、あたまいいし、私なんかと違って、きれーな人の方が釣り合いがとれるって言うか……」
「……それ、意味わかってて言ってるか?」
「あたりまえれふー!」
「ナシは無しだぞ?」
「んもうなんなんですかぁー」
もう手加減しないってことだよ。
甘いアルコール。触れた少し固い唇。
最後に。
「綺麗な女より可愛い女が好きだな」
そこで世界は暗転した。
「で?」
「なんだ縢」
「コウちゃん朱ちゃんとくっついたんだぁー?」
「ぶふっ」
後日、縢、宜野座、征陸により狡噛が。
唐之杜、六合塚により朱が。
どういった状況でプロポーズされたか云々の一切を吐かされたのは言うまでもない。
end
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