名前を呼んだ日

「好きです!」
「…あー」
「あの…付き合って、もらえますか?」
「えーよ」

5月の半ばだったと思う
最初はいつも通り、他の女と同じように軽い気持ちというか…、
断るのが面倒でOKした
特に好きだった訳では無かった









「雅治」
「おー、お前さんか」

今は4時間目の真っ最中
俺は音楽の授業を屋上でサボっていた
音楽は嫌いじゃき

生温い風を感じながらのんびりしていると、屋上の扉が開いてカノジョが入ってきた
今は9月の半ば
このカノジョとは続いている方だと思う
俺と付き合う女は大抵すぐに彼女ではなくセフレの様な関係になることが多い
だけどこのカノジョさんはちゃんと”彼女”としてのお付き合いが続いている方だと思う
確かに休日は部屋で過ごすばかりだけど
他の女とは違う、そう感じていた


「クッキー食べる?」
「おー」

俺の隣に座ったカノジョはポケットから小さな包み紙を取り出した
中にはテニスボールを模ったクッキー

「どーぞ」
「ん」

俺達は必要以上の会話をしないから、会話という会話はこれきりに、
後は俺がクッキーを食べる音しか聞こえなかった
そういう所が、結構良い
他の女みたいにしつこく俺に話し掛けてきたりしない

カノジョもその事について何も言ってこないから、こんなんで良いんだと思ってた
何より、俺が居心地が良かった…楽だった






「ゴメン、もう別れてください」

10月に入ってすぐ、突然別れを切り出された

「は?」

突然の事に思わずそう返してしまった

「もう、耐えられないんだ…雅治、私から告白したのに、ごめんなさい」
「…」

特に、何も思わなかった
今までに何度も言われて来た事だから

「雅治、私と付き合ってからも他の女の人達とシてたよね?たくさん…」
「そうじゃな」
「わかってたつもりだったんだ…雅治と付き合う事がそういう事だって…けど、やっぱり辛かった」

カノジョは多分必死に涙を堪えていた
堪えながら、笑っていた
とても一生懸命に
とても、寂しそうに

「だから…もう別れて下さい…」
「…わかった」

俺がそう言うとカノジョは一瞬笑顔をなくした




ズキ…




「…?」

そんなカノジョを見て一瞬だけ胸が痛んだ、…気がした

「…じゃあさようなら雅治…楽しかったし幸せだったよ、ありがとう」
「ああ」

そう、俺の部屋を出て行くカノジョ
去り際にもう一度振り返って

「…結局、私の名前、一度も呼んでくれなかったね」

ニコリ、と無理な笑顔を浮かべた




パタン…

静かに閉まった扉を見つめた
頭がボーッとする

如何してだ、よくある事じゃないか

付き合おうと言われたから承諾して
それでも良いと言われたから性欲処理だけのために抱いて

そして女が勝手にヒステリーを起こして別れる
酷い時は頬を引っぱたかれる

いつも通りじゃ…ないか、

ああでも、カノジョはヒステリーなんか起こさなかったな
あ、それに俺責められてない
言葉だけを見れば責めているように聞こえるかもしれないが、そんな口調じゃなかった
それよりも、確かめるような…そんな口調

しかも、泣かなかったな
何度も謝って…別に悪いのはカノジョじゃないんに…








…アレ?



「…なんでじゃ」

視界がぼやけた

「っ…」

ああ、いつの間にか俺はしっかりとカノジョを一人の女として、唯一の存在として見ていたのか
優しいカノジョに、居心地の良さに、甘えすぎていたんだ

俺を好きだと言ってくれた
俺が遊んでいる事を知っていながら
それでも唯、隣にいてくれた



”…結局、私の名前、一度も呼んでくれなかったね”

そう言ったカノジョの顔が頭から離れない
あんな顔、初めて見た

…いや、俺が見ようとしなかっただけで、
もしかしたらたくさんさせていたのかもしれないけど

あんな、辛そうな、寂しそうな、切なそうな…顔…



「…今更気付いても、…もう遅いのう……」

あぁ、失くしてから気付くなんて

「…千夏……」

初めて口にしたその名前は、俺を酷く安心させた


「好いとうよ…千夏」


…もう、届かない




……もう、遅い

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