笑っていて欲しい

「ただいまー…」

眠ってしまった姫沙を抱えてオレはアジトへ戻る
深夜、という事もあり、いつも以上に静かな廊下を只管歩く
向う先は勿論医務室
重症とはいわないけど、姫沙の身体は傷だらけだった
ろくに手当てもされていない傷が痛々しくその肌を赤黒く染めている

「…もう、大丈夫だから」

そんな姫沙を見てオレは改めて思った

”この子を守ろう”と

医務室のベッドに姫沙を降ろしたオレは直ぐに、申し訳ないとは思いながらもビアンキを起こすことにした
身体の傷よりも、心の傷の方が深刻な姫沙には医者よりもビアンキの方が良いだろうと思ったから

「じゃあ頼むよ、ビアンキ」
「ええ、任せて」

事情を話せば姫沙の事を快く受け入れてくれたビアンキに感謝してオレは自室に戻る
ベッドには入ったけど、結局一睡も出来なかった









「ビアンキおはよう」
「…ああツナ…おはよう」

朝、ある程度日が昇ってから医務室に向った
扉を開けるとそこには表情を曇らせたビアンキ
…と、

「もう起きても大丈夫なのかい?姫沙」

手当てを受け、綺麗なワンピースに着替えた姫沙がいた


……あれ?
何かが違う

そう、思った瞬間だった

「お兄ちゃん、誰?」

姫沙の口からそんな言葉が出たのは

「っ、ビアンキ?」
「…記憶障害ね……自分の名前、日常生活に最低限必要な知識、それ以外の事は…全て覚えてないみたい…」

ビアンキが表情を曇らせていた理由はこれか
そう思いながらオレは視線を姫沙に戻す

「?」

キョトン、と首を傾げるその仕草は紛れも無く”普通の女の子”で
昨日見たあの泣きそうになる位の悲しい顔は一切の面影を見せていなかった

「…オレは、沢田綱吉…ツナでいいよ」

未だオレを見上げてくる姫沙の頭をくしゃりと撫でてやると姫沙は笑った

ああ、こんなにも普通に、明るく笑える子だったのか

そう思うと心が傷んだ

「ツナさん?」
「うん、そう」

記憶を失くしたのならそれで良いと思った
これ以上あんな辛い思いをして生きていく必要は何処にも無い

「ツナ」

どうするの?
そういう風に目線を寄越すビアンキにオレは笑顔を返した
それだけで全部わかってくれたのかビアンキは嬉しそうに微笑んだ
ビアンキは賛成してくれるみたいだ
まあ、ビアンキは面倒見が良いし、優しいもんね

「ありがとう、ビアンキ」
「ええ、…リボーンや隼人、他の人もきっと反対はしないわよ」
「だと良いけど」

姫沙を此処に住まわせる
それがオレの出した答え

この子はもしかしたら何処かのファミリーの刺客かもしれない
正直オレはありえないと思うけど、可能性として考慮しておかなくてはいけない、
ここはそんな世界なのだ
ボンゴレを危険に晒す存在になりうるかもしれない

だけど、オレはこの子を放ってなんておけない
例えどこかのスパイだったとしても、昨日のあの涙は本物だったと思うから

「ねぇ姫沙、ここにはオレやビアンキ以外にもたくさんのお兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだ」
「本当!?」
「うん、一緒に会いに行こうか」
「うん!」

はしゃぐ姫沙の手を握った
小さいその手を、オレは守る

もしもいつか、記憶が戻る事があるのなら
その時はきっと守ってみせる
姫沙が苦しまないように、いつだって…



全てを包み込み包容する大空のように















ピピピ
ぱんっ

「…ん、朝か」

久しぶりに夢を見た
しかも、あの日の夢だなんて

そう思いながら体を伸ばす
そこで聞こえてきた控えめなノックの音

「入っていいよ」

そう言うとやっぱり控えめに入ってきたのは、夢の中で見た彼女よりもいくらか成長した姫沙

「おはようございます、ツナさん、今朝はアールグレイを淹れてみました」

「ん、毎朝ありがとう…今日も美味しいよ」

姫沙を連れ帰ったあの日から数年の月日が経った
巡る季節の中、彼女は色んな人と出会い、色んな体験をした
勿論、ここがマフィアボンゴレファミリーの日本支部である事も伝えた

それでもまだ記憶が戻らない
それが良い事なのか悪い事なのかはわからないけど、彼女は今笑っている
笑えているのなら、やっぱりそれだけで良いなんて、つくづくオレは甘いと思うし酷いとも思う
忘れたまま、という事は両親の記憶も無いという事なのに…

…なんて、今まで何百回も考えてきたけど、結局いつも答えなど出ないし、どうにかする事も出来ない
その無力さにいつも唇を噛む

「ツナさん?」
「姫沙、今日は夢を見たんだ」
「夢?」
「うん、夢の中でも姫沙は笑っていたよ」
「ふふっ…ツナさんや皆さんと居たなら当たり前です」

姫沙は笑っている
何の含みも無い、只管に純粋な笑顔

色々考える事はあるけど、今はやっぱりそれだけで良い
その笑顔が曇る事が無ければ良い
そう、思うんだ

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