暖かい人

「静かだなー…」

そう、小さく呟いた筈の言葉でさえはっきりと響いてしまう程、町は静かだった
まあそりゃあもう2時だしな
…こんな時間に護衛もつけずに外に出るなんて…、バレたら怒られるんだろうな、なんて苦笑してみる
っていうか、そもそもオレがこんな時間に起きてるのもリボーンの所為だし
今日の昼頃…あ、もう昨日か…、とにかく昼
大量の書類を持ってきたリボーン
その書類をオレのデスクに置いて、あろうことか、”明朝の会議で使う、今日中に処理しやがれ”と言い放ちやがった
ボスになってもあいつにはどうも逆らえないオレは素直に従う事しか出来ず、ヒイヒイ言いながら書類に向かうはめになった
結局、休憩無しで必死にやり続けてもついさっき、午前1時半までかかったんだよね
ああもう疲れた







「―今…逝く………――」
「っ!?」

そろそろ帰ろうか、と進行方向をアジトへと向けた瞬間耳に届いた音
それはとても悲しく、寂しいもので、その音…声の持ち主は今…

「危ない」

超直感が告げる、急げ、手遅れになるぞと

「間に合えよ…っ」

ポケットに入れておいた死ぬ気丸を口に放り込む

超直感が告げる、声の主を助けろと
超直感がつげる、これは始まりだと







「あっ!」

声の聞こえた方へと角を曲がると目に飛び込んできたのは立派な豪邸…ではなく、その豪邸の屋根の上から今にも飛び降りようとする女の子
次にアノ子がどうするつもりかなんて、余程の馬鹿でもわかる
豪邸まではもう少し距離がある

…くそ、間に合ってくれ!

炎を柔から剛に変え、一直線にその子の元へと向う

…飛び降りたっ……くそ、…あと、少しっ…っ!!



ガシッ




…間に、あった…






「大丈夫!?」
「…え?」

受け止めたのはやはり小さな女の子で、
その身なりは酷く、表情も酷くこけていた

紫色でサラリと風に靡く長い髪、まん丸で二重の大きな碧眼、ピンク色のふっくらとした唇

その、女性…というにはまだ早いが、女性としての利点を多く備えている少女は、その利点が台無しになる程少女は酷い状態だった
異常な程に骨ばった四肢に泣きそうになりながら、ゆっくりと下降してトン、と少女を地面に降ろしてやる
その瞬間、少女はオレから距離をとった
相当警戒されているようだった
困惑と警戒が入り混じったような表情でオレを上から下まで観察する少女
そしてゆっくりとオレの顔を見据え口にしたのは”普通”では無い言葉

「貴方も、マフィア?」

その言葉でオレは把握した
この子は何処のかはわからないけど、マフィアに不当な扱いを受け、その身を虐げられながら生きてきたのだろう
そして今はきっと逃げてきた…
辛くて、逃げて、今その身を……

ぞっとした

こんな小さな女の子が本気で自殺を考えたのか
そりゃあこの身なりを見ればどれだけの扱いを受けてきたのかは想像がつく


…………下種が…




「オレはマフィア、ボンゴレファミリーのボスだよ」

決めた、この子を連れて帰ろう
こんな所で一人自殺を決意する位だ、きっと帰る場所も無いのだろう

「ボス…っ!?」

オレの言葉に少女の身体が強張るのがわかった
マフィアのボス、それは少女にとって恐怖の対象でしかないのだろう

「…君、名前は?」

オレはなるべく恐がらせないように、少女よりも低い位置、つまりしゃがんで
出来るだけ穏やかに聞いたみた
これ以上恐がらせたくは無い
この子の心を暖めてあげないと

「………」

オレの目をジッと見据えて言葉を発さない少女
その瞳はオレの勘が正しければ、深い憎悪をうつしていた
オレの言葉にその瞳は見開かれ、口元は歪み、眉はつりあがり、

「近寄るな外道が!!」

叫んだ

バシィッ

「うっ…」

少女が放った蹴りは凡そ、この位の年齢の女の子が放っていい力でも、蹴り方でもなく、オレは更に泣きたくなった
こんな小さな子に、一体何をさせてきたんだそのファミリーは


「っ……、…返してよ…」
「?」
「お父さんと、お母さんを…返してよ!!」

泣き出した


ペタン、と座り込んで
返して、返して、と泣く少女を見ていたら

「…っ、?…なんで、貴方が…」

気付けばオレも涙を流していた

「…はは、ゴメン、オレが泣くのはおかしいよね…」

グイ、と無理矢理に涙を拭ってみるけど、涙はとまらない
こんな、こんな小さな子供が…どれだけの思いをしてこれまで生きて、
今、自害をしようとしていたのだろう
そう考えると、涙が止まらない

「…お兄ちゃん、本当にマフィア?」
「……あ」

まだ、警戒はしているようだけど、少女の瞳から憎しみの感情が消えたのがわかった
それがもし束の間のモノだったとしても、そうわかっていても、俺は嬉しくなった

「?」
「ああ、オレはマフィア…間違いなくボンゴレファミリーの10代目ボスだ」

オレの言葉に少女は困惑しているようだった
少しは信じてくれたのかもしれない

「ね…オレと一緒にこない?ボンゴレは多分君がいたんだろうファミリーとは違う、君を泣かせたりなんかはしないよ」

少女の肩に手を添えて、不安気に揺れるその碧眼に視線を合わせて
オレは今度こそと真剣に言った
肩に触れても怯える素振りはされなかった事に胸を撫で下ろした

「…お兄ちゃんは…、暖かいんだね」
「…?」
「凪川姫沙…お兄ちゃん、私を助けてください」

今にもまた泣き出しそうな顔で少女、姫沙は懇願してきた
先程までの憎悪の意はもうない

ああ、こんなにも普通じゃないか
普通の子供じゃないか


「当たり前だよ、…姫沙、帰ろう…オレ達の家に」

ギュ、と抱き締めた彼女の身体は余りにも脆く感じて、オレはまた泣き出してしまった




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