賢兄的同一性確立論 | ナノ


賢兄的同一性確立論



音隠れの里は強い奴が偉いと言う、完璧な実力主義社会だった。
大人だろうが子供だろうが関係ない。
誰もが其処に自我同一性【大蛇丸様に認められたいと言う願望】を持っていたからだ。

そんな小さな世界がおよそまともである筈もなく、アジト内ですれ違う同い年くらいの忍とは頻繁に睨み合ったものだ。
現に、微笑み手を取り合う者は数少なく、同じ屋根の下眠る仲間が瀕死になろうとも、わざわざ助ける連中はそうはいなかった。

だからこそ、だ。
例の闘技場での選抜試験には本当に興奮した。
俺達兄弟にとっては、例の一件【一族殺しによって得た快楽をもう一度味わいたいと言う願望】を思い出さずにはいられなかった。

負傷した弟を後ろに、そして血生臭い凶器を右手に。
次なる標的へと駆けて行くと、眼前には俺と然程歳の変わらなさそうな女が映った。

良くもまあこんな男だらけの戦場で生き残ったものだ、と彼女の実力を期待して飛び掛ったが――…。
呆気なく地に倒れた細い肢体に覆い被さる事が出来たところを見る限り、どうやら見当違いだったようだ。
死に遅れた事はまぐれだったようだな、と…鉄臭いクナイをその白い首筋に突き立てようとした刹那。


「終わりだよ、君達。」


振り翳した腕をきゅっと捻られ――…つまり、タイミング良く殺し合い終了の合図が頭上から降り注いで来た訳だ。
何だよ、つまらねー。

下に折り重なる女に「運が良かったな」と嘲り混じりの労いの言の葉を紡ごうと唇を割った…が、その憎まれ口は意図せずグッと喉奥へと引っ込んでしまった。
何事かと…改めてよくよく女の顔を見下ろしてみると、漸く理由を飲み込めた。

小刻みに震えを繰り返す体躯は小動物の如く弱々しくて。
ぶわっと床に広がった彼女の髪は血液が撒かれた時のように――この薄暗い闘技場の中でも、赤々と輝いていた。

殺されそうになった事が恐ろしかったのか、それとももっと大切な何か【数分前に戻って欲しいと言う願望】を失った為か。
俺の知り及ぶ範囲では無かったが、目の前でぐすぐすと泣き声を漏らす女を見て俺ともあろうものが呆然としてしまったものだから、自分でも驚きを隠せなかった。

そして、固く握られた手中に収まる一本の笛【彼女を支えて来た仲間の願望】を視界に留めた瞬間、俺の中の自我がコトン、と音を立てて小さく崩れた――…気がした。

美しいなんて短い単語で終わらせるには勿体無さ過ぎる、と言うか…申し訳無いと言うか。
この感情【大人はそれを思春期と一纏めに呼び無造作に可愛がりたいと言う願望】は一体…と、思案していた俺の眼差しはきっと虚空を睨んでいたに違いない。


「生き残った皆、おめでとう。」


そう言われてやっと彼女の上から退く事が出来たのだから。



 



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