君が光を見れるのであれば
「フーッ…」
鬱々とした気持ちを引き摺りながら、段々暗くなっていく階段を降りる。しばらく下ると、ふたつの気配が感知できた。
「…あ、シーさん」
「ご苦労だった…しばらく休むといい、オレが代わろう」
一応の配慮として見張りに付かせている手練れのくノ一に労いの言葉をかける。鍵を預かり、彼女が退室するのを見届けて簡素な椅子に腰掛ける。そしてようやく、牢の中の人物と顔をあわせた。
「しばらくぶりだな、多由也」
「…暇だなてめーも。いちいちこんな辛気臭せートコ来やがって」
多由也。以前、人柱力であるキラービーを狙ってきた大蛇丸と戦闘になった際、捕らえることに成功した敵の忍だ。奴の護衛を任されていたほどの、これまた手練れのくノ一…といっても、まだ幼い子供だ。だが忍の世に年齢は関係ない。実力と結果がすべて。女子供といって容赦するわけにはいかない。解ってはいるが、オレたちも人間だ…完全に心を殺すことはできやしない。
つまりオレは、この娘に情が湧いてしまったのだ。
「どうだ、特に変わりはないか?体に不調があったりしたら、いつでも言うといい」
「何かあるわけねェだろーが…このゲスチンヤローが」
「…そうか」
出会った当初から変わらない口汚い罵りに、思わず小さな笑みが零れた。少し間を置いて立ち上がり、牢に…それどころか、手を伸ばせば多由也に触れられるほど近くにあぐらをかいた。檻越しに見える顔には、あきらかな疑心が浮かんでいる。
それもそうだろう。いつもなら今しがたまで座っていたあの椅子から動くことはなく、見張りが戻るまでただ談笑…オレが話して彼女が雑言を吐くだけだったり、あとは軽く尋問するくらいだ。こちらはもう大分やってない。
「…」
オレを見下ろす、茶色い瞳。少し視点を引けば、手入れができず傷んできている長い赤髪と、小さく細い肢体。それを縛りつける鎖が両手首、足首、そしてその折れてしまいそうな白い首にまで、太く頑丈なものが付けられていた。
元々は別の枷を使用していたのだが、一度呪印状態2とやらで力任せに脱牢して以来、今の強固なものに変更されたのだ。…ああ、元々吊り上がった目が、更に苛立ちを帯びていく。
「変わりがあったのはてめーの方なんじゃねーのか?」
ざまあみろとでも言うようにフン、と鼻を鳴らす彼女に、いいや、と返事をする。
「別に変わりはない」
「嘘ついてんじゃねェよ、このクソヤローが!じゃあなんでんなとこに座ってんだ」
「本当だ。ただ…」
多由也を見上げ、その瞳を覗く。冷たいその瞳はきっと、年齢にそぐわない薄暗いことをあれこれやってきた証だろう。だがそれくらい、忍であれば誰もが皆経験することだ。それでもどこか前を向いて、自分なりの夢や理想、幸せを探す…だが、この少女は違う。多由也はそんなもの要らないとばかりに下を見つめ、闇に手を伸ばし、暗く深く、自ら沈んだのだ。
「なんとなく、こうして近くでお前と話したかっただけだ」
事実オレは、何か変わったわけではない。ただ日常的に行われる雷影様の破壊行為の始末、オモイやカルイをはじめとした雲の忍びたちへの注意、注意、説教、注意…放っておけずに間違いを正したくなるこの性格が災いしてか、ついついストレスを溜め込みすぎてしまっただけだ…おまけにオレはどうやらストレスの発散が下手らしい…これにも、考え込みがちな性格が関係してると思われる。
だが最近、あることに気付いた。定期的に訪れていたストレスの塊を感じなくなったのだ。
思えば、多由也と話したあとは、不思議と心が軽くなっていた。
明るい人物といると、こちらまで明るくなるという。でもオレは、その明るさが眩しくて、自分の黒い影が強制的に浮き彫りになってしまったように感じて、つい、その人物から離れてしまう。
だけど彼女は、闇の中にいる。暗い暗い世界で、オレの目が慣れるのを待ってくれる。自分のペースでゆっくり、自分の暗い心と向き合い、飲み込むことができた。多由也にそんな気がなくても、無意識のオレの心に寄り添ってくれるのだ。
自然と、負の感情を消化できるようになっていた。
「…?何言ってんだてめーは」
意味が解らない、と呆れる多由也。その顔が可笑しくて、また笑みが零れた。
多由也といると、いつの間にやら笑顔になれる。その言葉遣いを注意することもしばしばあるが、それでも一番、オレに癒しを与えてくれる存在になっていた。
…それでも、オレばかりが与えられているようで申し訳ない時があるのも確かだ。
「なぁ、多由也」
「あ?」
睨み付けてくる相手に、来る時よりも随分と楽になった、穏やかな心のまま告げた。
「今、お前を正式に里の者として迎えれないかと、雷影様に申し立てている」
「……は」
「なんとかご意見番の方々の承諾を得ることには成功してな。あとは雷影様だけなんだが…ああいうお方だ。なかなか意見が通らなくてな…」
「…ちょ、ちょっと待て。…何、考えて…ウチは敵だぞ!」
つらつらと現状報告するオレを、多由也は声を荒げて止めた。牢から出るチャンスをわざわざ棒に振ってまで、自分を不利な状況に追い込むとは…真っ直ぐというか、素直というか…こういうところも彼女の長所になりうるのだろう。
「お前は大蛇丸のことは絶対に話さない」
「…当然だ」
これは本当だ。連れてきたばかりの頃、こちらがどんな拷問や尋問をしようと、情報を話すことは一切なかった。
「…殺す、だろ…普通」
「…確かにな」
その通り。情報を吐かない敵を置いておくことには、様々なリスクが存在する。普通は殺す…でも。
「まあ…気にしなくていい」
気付けば、満面の笑みを浮かべていた。
「オレはただ…お前に恩を返したいだけだ」
「…?」
多由也はただ、大きく目を見開いて、こちらを見ていた。
「ここから出してみせる、多由也…絶対にだ」
オレはあまり笑うタイプじゃないんだが…何故だろうな。
「正気か馬鹿」とそっぽを向く相手に、再び笑みが零れた。