8 | ナノ


こどもごころ



深い霧の中、ボクたちは警戒しながら文字通り一歩一歩進んでいた。
単純な石橋を叩いて渡る作戦だ。崩れないかどうかを確めながらゆっくりと前進する。

はぐれないようにと繋がれた手は汗と霧の水滴でびしょびしょだったが、互いが強く握っているため滅多なことでは解けないだろう。

歩き始めて20分…タイムリミットは一時間後。帰りの時間を考えると、もうちょっとで引き返さなくちゃいけないのだが、霧が邪魔で、薬草を探すのに手間取っていた。…が。

「…?」

数メートル先に、背の低い緑色が見えた気がした。

「…あれ、そうかもしれない」

呟くと、呆れ声が返ってきた。

「そういって、また見間違いじゃねーだろうな」

実はボクは先ほどから幾度か別のものと花とを間違えていた。

あれな気がする!と行くと、そこにあったのは小さな白い小石や岩についた水滴。あるいは霧そのものだったりと、ミスを連発している。

「今度のは、しろじゃなくてみどり色…かのうせい、高いと思わない?」

「どっちにしろ、いくしかねーだろ」

「…うん。こっち」

多由也の手を引っ張って、緑のもとへ向かう。もちろんゆっくり一歩ずつ。
あと、3メートルくらい…2メートル…1…

「…!ホラ、やっぱり…!」

緑色の葉に抱かれた茎と、その先に咲く白い小花。岩に生えているそれは、紛れもなく目的の薬草だった。

結局一度も地面を崩すことなくボクらはここまで辿り着いたのだった。

生えていると表現したが、実際はそうではない。流石に岩の中に根を張ることはできないようで、表面に根を伸ばし、吸盤のようなもので張り付いていた。これじゃまるで蔦だ。

花を引っ張り、根の吸盤もひとつひとつ剥がしていく。地味に大変だこれ…。弱音を吐きたくなるが隣にいるの人物のことを考えなんとか堪えて、ついに最後の吸盤と岩が離れた。

「よし!」

喜びもつかの間、多由也が真顔でボクに現実を突き付けた。

「満月が帰ってくるまで、あと20分もないぞ」

「え…やば」

それはここに来るまでの時間をオーバーしていた。

「でも、来た道はおぼえてる!そこなら崩れないし、パパッといっちゃおう」

「あっ…!?おい、水月!」

抵抗気味の多由也も一緒に、無理矢理走らせる。花はポーチの中にしまった。他に入れた実に潰されなきゃいいけど…。

「すこしでも足跡をふみはずしたら陥没するかもしれないんだぞ、そんなにスピード出したら…!」

「じゃあこのままボクがさきをいくよ。それなら多由也は安全でしょ?」

落ちかけることすら無かった事実が、ボクの気を大きくさせる。振り向き様に見えた顔は、苦虫を噛み潰したかのようだった。

「そういうことじゃない…」






霧の中を猛スピードで駆け抜ける。何度か足跡を踏み外しはしたが、それでも地面が崩れるようなことは無かった。大地はただ当然のようにそこに広がって、安心を与えてくれている。込められた力の変わらない、握られている手も同じだった。

ふと、気付く。

「別の道、通ろう」

「はっ!?」

「だってさ、考えてもみてよ」

兄さんが既に戻っているとしたら、ボクらが危険地帯から戻ってくるところをあっさり見つかってしまう。でも、約束してた場所から少し離れたところから出て、そこから戻ればバレないんじゃないか。

「だめだ」

そう伝えても、多由也は承諾してくれない。

「なんでさ!」

反対されて抗議すると、真面目な顔で、まっすぐボクの目を見て話し出す。

「立場より命だろ。おまえは、死ぬことより怒られることの方がいやなのか?」

そんな君が、なんだか、兄さんと重なって見えた。

「…ふん」

君までそういうこというんだね。
小さく呟いたこの言葉が、君に届いたかどうかはわからない。

勝手に進路を変更する。

「!!…おいっ!!」

「……」

慌てた声が背後から聞こえた。それでも構わずに走る。多由也は喋るのを止めた。

今思えば、あの子はきっと大変だっただろう。ボクより少し遅いその足で、自分と手を繋いでるボクの足跡を踏み続けるのは至難の技…というか、不可能だっただろう。

今なら…ううん。その時も解っていた。ボクが全部悪かったってこと。


 



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