こどもごころ
大きな山湖から数十メートル高くに位置する吊り橋。
「兄さん早く!おいてくよ!」
初めての遠出で浮かれてるボクは、老朽化したその上を走っていた。
「あまり走らないで。この橋、かなり古い…って水月!!」
「うわあぁっ!!」
子供とはいえ、走る振動には耐えられなかったらしいその橋は、ボクと数枚の板切れを宙に残して真っ二つになった。嫌な浮游感がボクを襲う。
死んじゃう。
思わず目を瞑り身体を硬直させたボクを襲ったのは、水ではなく壁との激突だった。
「いだっ」
思い切り後頭部を打って上…実際には下を見ると、木っ端の波紋で揺らめきながらも、太陽と、その手前で頭を押さえてる自分が目に入った。
今度こそちゃんと上を見ると、兄さんがボクの脚を掴んでいた。
助けられたんだ。
「まったく…帰り、遠回りするけど文句無いよな?」
そのまま引っ張られ担がれて向こう岸。案の定怒っている兄さんに、素直に謝れなかった。
「…うん。ない、けど」
不満気に呟くボクに、兄さんは溜め息をついて笑ってくれた。フサフサとした草の上に腰を下ろす。
「…頭、打ってただろ。ホラ、見せて」
「…うん」
兄さんに見えるよう体を反転して俯く。髪を掻き分けられて、冷たい塗り薬と兄さんの手が心地好かった。
「イテテ…ボクも自然に水化の術使えたらなァ。コブなんて作らないのに」
ボクはこの頃まだ未熟で、意識しなきゃ水化の術は発動できずにいた。
「その場合、コブはできなかっただろうけど、今頃湖の中だっただろうね。いくらオレでも水は掴めないから」
「あっ…!!」
「?」
指摘もそうだけど、それ以上に大変なことに気付いた。
ポーチの中を探る。でも、いくら探っても何も出てこない。
「………」
「う……」
無言で視線を浴び、小さく声が漏れた。忍具用のホルダーや刀、水は無事だったものの、腰に付けていたポーチの中身は全て落としてしまったみたいだ。
刀の手入れ用具、地図、巻物、そして食料品は湖の中…。
「…もう少し開け閉めが面倒なポーチにする必要があるね。ひっくり返っても中身が落ちちゃわないように」
「……」
困ったような兄さんの笑顔に、何も言えなかった。
ギュルルルルゥ…
「……」
「……水月」
道なき道を進むこと、かれこれ三時間。ボクのお腹は盛大に空腹を訴えていた。
「…兄さん、男に二言はないからね」
そもそもは一時間近く前、ボクのお腹が小さく鳴り始めた時のことだ。
兄さんは自分の分の食料を分けてくれると言った。…んだけど。
「へーきへーき。ごはん落としたのはボクの責任だし、それをふたりでじゃ足りないでしょ!」
正直大分前から空腹だったけど、ここでも頼ったらただのお荷物だ。それにまだこれくらいは耐えられると思った。
何度か諭されかけはしたけど、結局ボクが説得に応じることはなかった。
その後はボクのお腹が鳴る度にちらりとボクを視線を向ける。小さくはあるけど、兄さんのお腹も主張を始めていた。気にせず食べてと言ったけど、兄さんは自分だけ食事を摂ることを断固拒否。一切口をつけなかった。
「…こういうとこで意地を張るのは違うと思うぞ」
疲れたような顔で再び説得を開始する兄さん。言われても意地を張り続けるボク。
「だから、兄さんは自分の食べたらいいでしょ。ボクは、ホラ…」
近くの木に絡んでる蔦に、小さな赤い実がたくさん生っているのを見つけた。触るとほどよい弾力があって美味しそうだ。一粒摘まんで兄さんにも見せる。
「コレ、食べれそうだよ。ボクはこっちでいいから」
「知らないものを口にするな。毒があるかもしれないだろ」
兄さんの語気が少し強まった。説教に入るつもりだ。でもボクのお腹ももう限界だった。
「だいじょーぶだって、いただきます!」
止められまいと急いで口に放り込む。いや、放り込もうとした。
「痛っ」
横から鋭く投げられた小石が、ボクの左手に直撃する。掌から実がこぼれる。
「!!」
石と実が地面に落ちるより早く、警戒体制に入る兄さん。
「誰だ!」
顔をあげる。犯人と思われる、ボクと同い年くらいの少女がそこに居た。
それが君との出会いだった。