こどもごころ
光を、感じた。
うっすらと目を開く。すごく眩しい、暖かい陽の光。
ぼんやり視界に映ったのは…ふたつの人影。徐々に鮮明になっていって、判別がつく。
重吾…大蛇丸……あれ、何人かいなくない…?
皆何かに巻かれてる…ボクも。何これ。ボロい包帯みたいだ。
まるで霧が晴れていくように、意識がはっきりと、鮮やかになっていく。
空が、青い。真っ白な雲が陽光を浴びて光っている。
終わったんだ。
何故だか、そう確信した。
戦争を終わらせたのは、やっぱり…。
「サスケ……」
「うん、きっと…って」
ボクの心中にタイミングよく続けたのは、背後の間抜けな声だった。
「…香燐」
見れば、まだぐるぐる巻きで夢の中みたいだ。ぐへへと笑いながら涎を垂らすその間抜け面は、夢の内容を簡単に想像させてくれた。幻術はもう解けてんのに…。
呆れて溜め息をついた時、巨大な影に覆われた。
「目を覚まさないのか?」
真面目に質問してくる重吾に「ご覧の通り」と返す。
「どうしよ…蹴飛ばそっか」
「それは…」
面倒だから重吾の制止を聞かずに脚をスイングする。
「よっと」
「ぐはぁっ!??」
少し強めなのはご愛嬌…ってね。だってこいつ、いっつも加減なしに殴ってくるから別にいいでしょ。
「……っ。……!!」
「あ、起きた?」
二、三メートル吹っ飛んだ香燐から返ってきたのは、やっぱり怒号だった。
「テメー水月!!何しやがんだコラァ!!!」
「君が起きないからでしょ。ねェ、重吾?」
「…ハァ」
「殺す!」
罵声を浴びせながら殴り掛かってきた拳を避けずに浴び、バシャッと体を変化させる。辺りに水溜まりを作った時、再び制止の声が掛けられた。だがそれは重吾ではなく…。
「アナタ達に、ひとつ訊きたいことがあるわ」
背中を向けたまま大蛇丸が話しかけてきた。体を凝固させつつそちらに向ける。
「アナタたちは、これからどうしたいのかしら?」
「「えっ…」」
ボクと香燐の声が重なる。その言葉はボクたちみんなに向けられていた。
「…大蛇丸様は、どうなさるおつもりです?」
いつの間にか起きていたカブトが、大蛇丸の背に問う。続く大蛇丸の言葉にはもう、冷たい感情は感じられなかった。
「私は…そうね、研究を続けるわ。元々の目的は、この世の全ての術を知ることだからね…それに、彼の選んだ世界にも興味がある」
微笑みながら話してる気がした。
「もうアナタたちを束縛するつもりも無いし…付いて来たいのなら拒まないし、別の道を生きたいのならそうすればいい…アナタたちは、自由ってことよ」
衝撃。勝手に捕らえられて、監禁されて、研究されて…その張本人が、こんなこと言うなんて。
最初に口を開いたのは重吾だった。
「…オレは、サスケのもとへ行く」
「!?」
香燐が抜け駆けされたとばかりに反応したが、重吾は気にも留めず続ける。
「元々あいつの創るものを見届けるためにオレはここまで来た…サスケの意思は、君麻呂の意思だ。あいつが何を選んだのか。その結果を知りに行く」
大蛇丸はただ黙って聞く。正直ボクも重吾のこの答えは予想内だ。恐らく香燐も付いていかないだろう。大蛇丸のこと嫌ってるし。ボクだって同行する気は更々ない。
カブトは…どうすんだろ。一緒に行くのかな?
「それじゃあな…」
重吾が律儀に別れを言って背を向ける。
「それならボクも抜けさせてもらうよ…ボクには夢があるからね」
そう言ってボクも体を回転させた。
「ウチも付いていくつもりはない!」
あの二人と取り残されたくないのか、香燐が焦ったように付いて来た。どうせサスケのところへ行くんだろう。
大蛇丸は最後まで、こちらを見ずに黙っていた。
ボクらはサスケのいる場所に向かっているのだろう。香燐に重吾、その後ろにボクが連なる形になっていた。
香燐の邪魔をするのもいいけど、正直ボクはもうサスケのとこに戻る理由はないんだよな…。
崩れた大地をたまに登りながら進んでいくと、気付いたら海を真横にして走っていた。
ふと、蛇から鷹に変わった時のことを思い出した。
サスケは変わった。どんどん高く飛んでいってる。
大蛇丸も変わった。多分、隠居的な意味で。年齢的にはようやく落ち着いた感じかな?
カブトも変わった。イザナミって術がどんなのかは知らないけど、別人みたく穏やかになってた。
じゃあ、重吾は?香燐は?
……ボクは?
深い亀裂の前で、足が止まる。気付いた二人も進むのを中断する。
「なんだテメーまた水分補給かコノヤロー」
「どうした?」
喧嘩腰の香燐。真面目に問いかける重吾。変わらない。
蛇として行動を始めた日から実際はそんなに時間は経ってない。変わらなくても不思議じゃない。
ボクが止まったら二人も止まった。いつの間にかチームとして行動するのが当たり前になっている証拠だ。
「…このままでいいのかな」
「水月…?」
ぽつりと口から漏れた言葉に、重吾が反応した。
顔を少し俯かせると、亀裂に入り込んだ海水を直視することになった。水面に映る太陽に照らされて、深く深く沈殿していた大事な記憶が、光を浴びた。