見えず聞こえず言えず(2) | ナノ


見えず聞こえず言えず

その問い掛けをした刹那、奴の口角が一瞬緩んだように見えた。怪しい実験をする時に垣間見せる表情とそっくりだったので、返される言葉に警戒心を抱いた。…のも束の間、カブトの返事は意外なものだった。

「重吾くん、白雪姫っていう童話は知っているね?」

「……は?」

こんな時にこの男は何を言い出す。幼少の頃、よく君麻呂と読んだものだ。しかし、今の非常事態に何の関係がある?

「ふっ…それと同じ原理さ。白雪姫は王子の口付けによって目が覚めた。…多由也の呪印部分にも同じ事をすれば良いのさ。」

「…!?…な、なな何だと!」

「君は呪印のオリジナル。考えられない治療法かもしれないけど、君の接吻を通して抗体性のチャクラが呪印に流される。そしたら彼女はオリジナルの君同様、すぐ元気になるはずだ。」

「………。」

ただの荒治療じゃないか。

…いや、しかしカブトは大蛇丸の右腕で、医療に関しては忍界トップレベルのスペシャリスト。名医が言うなら間違いないのだろうが…。

「多由也は首の裏に呪印が刻まれている。上体を起こしてからの方がやりやすいかもね。」

「…え…あ、ああ…。」

命を助けるためだと分かっていても、おかしな情が混じってしまう。顔が火照って―…もしかして今のオレは多由也よりも赤く、鼓動を鳴らすスピードも速いかもしれない。手の平には汗が滲む。素人から見ても不慣れだというのが丸分かりなぎこちない手付きで、ゆっくり多由也の上半身を起こし、背中に腕を回しながらベッドに座らせる体制にした。

ふわり。長く艶やかな赤髪を掻き上げると、女性特有の良い香りがした。首も肩も腕も、何て線が細いんだろう。こんな小さな身体には、呪印の負担が大き過ぎるのは目に見えて分かる。

持ち上げた長髪の下には、うなじの丁度下方に、幾何学状の呪印が彫られているのが目に飛び込んだ。…確かに熱い。酷い熱を帯びている。ここに…オレが口付けを?絵本の中の王子が白雪姫にしたような、目覚めのキスを?

「す、すまない…多由也。」

少しの罪悪感と大きな緊張。オレは思い切って、唇を強く彼女の首筋に押し当てようと―…。

「はい、カット!」

「えっ…!?」

数センチで触れるという所で、カブトの手が間に割り込み、“王子”としての役目を阻止した。 まるで多由也を庇うかのような行動。少し申し訳なさそうに眉を下げて薄い笑みを張り付ける男。次いで何を思ったのか、カブトは阻止した手でそのままオレの手首を掴んできた。

「―…ふぅん、…うん、なるほどね。」

「な…何を…?」

「心拍数を計っているんだよ。…ふふっ、重吾くん、こんなにドキドキしてちゃ死んじゃうよ?ヒトの心臓が一生に動く回数は決まってるんだからね。 」

開いた口が塞がらない。何を言ってるんだ?オレは多由也に接吻するんじゃなかったのか?

「ごめんね重吾くん。実験されてたのは君の方なん だよ…。呪印のオリジナルである君の最大値の心拍数や呼吸数を調べる事は重要な資料になるからね。」

「……じゃ、じゃあ多由也は…。」

「多由也は平気さ。ただの疲れから来る発熱だし、解熱剤を飲ませて今日一日休めば良くなるよ。」

くすっ、と人当たりの良い笑みを向けるカブト。…騙された、担がれたんだ、オレは。けど、怒る気になどなれなかった。

「―…しかし、やっぱり多由也を前にした時が、一番緊張するみたいだね、君は。」

「………!!」

そうだ。心拍数云々、緊張感云々とは言うものの、何故オレが多由也相手に心臓が破裂しそうになる事をカブトが知っている?

「不思議そうな顔してるね…僕は確信したんだよ。この前君が医務室に多由也を連れて来た時―…ただの実験体である君のあんな顔は、初めて見た。」

「……そ、…それでか。」

「ああ。これからは、呪印オリジナルの恋の行方を見守るのも良いものになるかもしれないね。」

カッ、と耳元まで火が上ってくるのを身を以て感じた。多由也を医務室に連れて行ったあの日から、この医者には全てお見通しだったという訳か。

じゃあ、今回のこのチャンスは―…。

「恋の機会と言うのは、他人に用意されるもんじゃない。今度からは自分で見付けておいで。」

奪うように多由也の肢体に腕を入れ、軽々と持ち上げるカブトに言い返す言葉は無かった。こんだけ近距離で近付けてくれるチャンスをくれたのだから、寧ろ感謝すべきなのだろうか…。しかし、不完全燃焼だ。

未だうるさい鼓動。冷めないほとぼり。 力抜けしてしまった両膝。呆然と多由也を連れ帰るカブトの背を見送ったのを最後に、今度はいつお目に掛かれるのだろうという一物の抑揚心を殺せずにはいられなかった。

やはり今回も多由也は目を覚ます事無く、オレの存在に触れる事も無く、オレの前から消えてしまったのだった。





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