ニオイスミレ
said:多由也
薄暗い廊下を歩き治療室へ向かう。別にこの程度なら我慢できないことはないが、怪我を負ったのは指だ。笛を使うウチはこれじゃ戦えねェ。…今日の任務は君麻呂がいなくてよかった。任務でヘマして戦えない、じゃ殺されてたかもしれねェ。
治療室の前までたどり着くと、ノックもしていないのに「入ってきていいよ」と、中から声が聞こえる。
「失礼します」
気配を察知して、声を掛ける前に入室を促されるのはいつものこと。特に気にはせず、言葉だけの台詞を言い部屋に入る。扉を開けた瞬間から漏れ出す薬品の臭いに思わず眉を寄せるが、これもいつものことだ。
「今日はどうしたんだい?」
煙が一筋立ち上っている液体の入ったビーカーを、書類がきちんと整理された机に置き、カブトさんは此方に顔を向けた。
「…任務で指を怪我したので診てもらいに」
手短に用件を伝えて左手を差し出して、カブトさんに触診してもらう。痛めたのは薬指と小指。笛を吹いている途中で攻撃を受け、それを避けきることができなかった…。小指は掠っただけだが、運悪く挙がっていた薬指には直撃してしまった。完全に折れているだろう。
「…小指は軽い打撲だけど、薬指は折れてるみたいだね。固定するから暫くは動かしちゃいけないよ」
予想通りの診断結果に、心が沈んでいくのがわかる。戦闘に関係なく、笛を吹くのが好きだったから余計に。それと同時に怒りも沸いてくる。畜生、あの忍を殺ったのは鬼童丸だったか…?後日覚えてろ、せめてウチの手で殺せてたらこの苛立ちも少し位鎮まってたかもしれねェのに。
誰が聞いても八つ当たりだとわかる言葉を頭の中に連ねている間も、カブトさんは黙々とウチの指にテーピングを施していく。
「どれくらいで治りますか?」
とにかく、長い間任務を放置するわけにはいかない。期間によっては、荒療治をしてでも早く戦えるようならなければ、君麻呂に何をされるかわかったもんじゃねェ。それに…アイツだけじゃなく、左近達のヤローにもからかわれる可能性はでかい。ったく、クソめんどくせェ。
カブトさんはテーピングを終えると、薄暗い部屋の中でもなお、逆光して奥の見えない眼鏡を中指で押し上げて答えた。
「そうだね…ボクの術を使って、長くても十日くらいかな」
十日か…。よかった、それなら任務も精々一つか二つ休むだけで済みそうだ。
最後に指に包帯を巻かれる。
「そうですか…お願いします」
「勿論。ああ、そうだ。なら一つ、頼み事をしてもいいかな?」
「…なんでしょう」
どうせ治るまで、笛に関したことは修行すらできない。だが怪我をしたといっても指だけなんだ。戦いは無理でも、この程度で働かないわけにいかない。
「毒草を採ってきてほしいんだ。種類とかは問わないし君のわかる範囲でいいから。わからないなら図鑑も貸すけど、結構嵩張るからね…」
…面倒だが仕方ねェか。毒草なら少し位頭に入ってる。ウチは「わかりました」と返事をし、外へ向かった。