衝動的肖像
「君が多由也を知っているとは驚きだな。任務でも足手纏いなだけの役立たずだ…大蛇丸様の役に立てない奴は、殺す。」
よくよく見ると、多由也は身体の至る所に傷を負っていた。君麻呂の発言から考えるには、きっと多由也は今回の任務で何かしらの失敗を犯し、それが許せない君麻呂は罰として処刑すると言っているのだろう。
殺人衝動を持つオレが言える立場では無いかもしれないが、多由也は死なせたくなかった。
例え彼女と一言すら言葉を交わしてなくても。例え彼女がオレを知らなくても。 例え君麻呂が相手だったとしても。
何故なら、オレは多由也に恋心を抱いてしまっているから。
「君…麻呂、…その子は、殺さないでくれるか…?オレからの…頼みだ…。」
「………? 君には関係の無い事だ、重吾。 そんな事より、大蛇丸様の呪印についての実験の件だが…。」
そこからはもう、君麻呂の話等耳に入ってはいなかった。このままだと多由也が殺されてしまう、と云う考えしか無く、ハッと気が付けばオレは扉の鎖を力任せに破ろうとしていた。自分でも驚いた。体格のお陰で力には自信があった為、鎖はみしみしと今にも引き千切れそうな音を立てていた。
当然の如く君麻呂は驚いた。
「…待て、何をしている。 規則以外の時間には外に出てはいけないと君も知っている…ッ…!」
彼の遮りはもはや一つの事しか考えられなくなったオレの耳には届く事なく、鈍い金属の音を立てその鎖は解かれた。
その時のオレの目は、殺人衝動に駆られている時のと似ていたかもしれない。
普段は物静かで大人しいオレが、殺人衝動以外にこのように振る舞うのはきっと初めての事で、流石の君麻呂も驚嘆を隠せず警戒心を示していた。
オレがのしのしと重たい足取りで鉄の牢から出て来るのに比例し、多由也を抱いたまま彼は後ろに下がる。
「……多由也…殺すな…。」
そう発したオレの声は自分でも驚く程トーンが低く殺意が籠っており、色で例えるとまさにどす黒いものであった。そんなオレを君麻呂は怪訝そうに見つめ、ちらりと多由也へ目を向けてから核心を衝く言葉を口にする。
「……君が僕以外の他人に執着する等、有り得ない事だ。さては重吾、…多由也が好きなのか?」
……図星。
相変わらず勘の良い奴だ、と思った。君麻呂は頭が良い上にオレとも親しい。見抜かれても当然だろうとオレは彼女に対する想いを隠すのを止め、頭を垂れながら小さく頷いた。
「ああ…、一目惚れだ。」
「…純粋で無垢な君にも恋心と云うものがあったとは驚きだ。きっと僕がこの女を殺せば、君は僕を殺しに掛かるだろう…。君の事は僕が一番よく知っている。」
ふ、と口元に薄い笑みを張り付けながら、君麻呂はそっと多由也を腕から下ろし、廊下の壁に凭れさせるよう座らせた。
「そこまで言うなら、今回は君に免じて処刑は止めよう…。」
そう耳にした瞬間、強張っていた身体の力が一気に抜け、オレも反対側の壁に寄り掛かるようにして座り込んでしまった。
良かった。本当に良かった…。
焦りの色は徐々に消えて行き、にこりと君麻呂に向けて笑みを浮かべた。君麻呂が物分かりの良い奴で良かった、…と。
「多由也を治療室まで運んだら直ぐに牢に戻れ…上の者には僕が上手く誤魔化しておく。…しかし君も、物好きな奴だ。」
捨て台詞のようにそう言い残すと、君麻呂はくるりと背中を向けて歩き始めてしまった。引き止めようかどうか迷ったが、これは君麻呂なりの気遣いなのだろう。…多由也の事を任せてくれているのだと仄めかす彼の言葉に、やはりオレの親友は彼しかいないと改めて思った。
君麻呂が行ってしまった後、オレは多由也と二人きりになってしまった。暫く対の壁に寄り掛かり瞳を閉ざしている彼女をまじまじと見据えた。
やはり前回と変わらず美しい容姿を持っており、またドクンと大きく鼓動が高鳴った。君麻呂に彼女を治療室へ連れて行くよう言われた事を思い出し、のっそりと起き上がると先刻彼がそうしていたように、多由也のその軽い肢体を持ち上げた。
本当に軽かった。ちゃんと食べているのだろうか…、と心配するくらいに。
ずっと彼女をこうして抱いていたい衝動の波に襲われたが、兎に角今は治療してやる事が先だと思い、彼女を姫抱きで抱えたままカブトがいるであろう治療室へと向かった。
傷の痛みかチャクラ切れのせいかは定かでは無いが、多由也を治療室に連れて行くまで彼女が目を覚ます事は無かった。
それはそれで良かったのかもしれない。仲間である君麻呂ならまだしも、オレのような大男が突然自分を抱いていたら、となれば気が強いであろう彼女も流石に吃驚するに違いない。
ノックして治療室に入るといつも通りカブトが何やら怪しい実験をしていたが、オレが檻の外に出ている事に関しては何も言ってはこなかった。きっと君麻呂が既に手配してくれていたのであろう。
カブトに指示されるままにオレは多由也をベッドへと寝かせた。 多由也を連れて行った後は直ぐに戻ると親友と約束をしていたので、直ぐに立ち去るしか無かったが、せめてその綺麗な顔に触れたい、と欲望が込み上げて来て、暫時寝台に横たわる彼女を上から見つめた後、そっとその白く柔らかな頬に触れてみた。
綺麗な肌だった。
ずっとこのまま触れていたかったが、オレの行動を不審に思ったカブトが間に入り、直ぐ様牢に戻るよう指示を下した。
元々オレは実験体で、多由也は大蛇丸に選ばれた優秀な忍者。オレと彼女は色々違い過ぎていた。
大蛇丸に頭を深く下げる彼女の姿を見た時から、決定的な差は分かっていたハズなのに…。
部屋を後にし、再び重い足取りで住みなれた狭い牢屋へと来た道を戻った。
多由也はオレの事を知らない。
オレが初めて実験室の前で彼女を見掛けた事も、里で任務帰りの彼女と擦れ違った事も、殺されそうになっていた彼女を救った事も、オレが彼女の温かい頬に触れた事も――…何も知らない。
もしまた偶然彼女と出くわしたとしても、多由也がオレを知る事はきっと無いだろう。
この感情はオレの秘めた心の内だけにあるもので、それ以上は望みはしない。
そう自分に言い聞かせ、見慣れた檻の隅の壁にいつものように膝を抱えて腰を下ろした。
いつまでもオレの手には彼女の温かさだけが残っていた。
今日は色々あった。君麻呂には感謝しないとな…。
――と思った刹那、オレは漸く今になって君麻呂の意図に気付いてしまった。
『しかし君"も"、物好きな奴だ。』
"焦点"が定まらない"虚像"はオレの中で"屈折"し、"反射"の軌道を描いたと同時に、オレの中の殺人衝動と云う名の鏡が割れる音がした。
成る程、確かに君麻呂はオレの事を一番よく知っている。