衝動的肖像


オレの中の"鏡"は、いつも衝動的な自らを描いていた。周囲の様々なものがオレの心に入り混じっては発散し、まるでそれがオレの中だけから見える時、それを"虚像"と呼んだ。

虚を象る像は"焦点"が定まらず、中身は"屈折"し、 殺人衝動と云う名で"反射"した。

檻の中で衝動に駆られる肖像と折り合わせ、そしてオレはふとした時に不慣れな感情を抱く事になる。初めて彼女に出会ったのは、今から約数ヶ月前のこと...。


彼女を最初に見掛けた時、オレは大蛇丸の実験室に居た。今やもう慣れてしまった人体実験。呪印のオリジナルであるオレにとってはもはや大層な事では無くなっていた。

暗い廊下にコツコツと奴が実験室に近付いてくる音 が聞こえる。いつもは決まって一つの足音しか無いのだが、今回は誰か別の人物と話しながら歩みを進めているようだ。

「...それでこれが今回の任務の報告書になります、大蛇丸様。」

....女?このような陰気で質の悪い里に居るくのいちは南アジトの香燐含め希少なので、珍しく思った。

「ふふ、御苦労様...もう下がっても良いわよ、私は今から実験があるの..。」

「はい、大蛇丸様..。」

二つの足音がドアの前で止まり、大蛇丸が実験室の扉を開けた時、奴に深々頭を下げる一人の少女の姿が垣間見えた。

あんなひ弱そうな女で大蛇丸の部下が務まるのだろうか、とその時は特別彼女を気にする事も無かった。


次に彼女を見たのは、特別に外出許可を得て、大蛇丸の部下の監視の下、アジト周辺を散歩していた時の事だった。

こうして野外で息を吸うのは久方ぶりだ。元々動物が好きなオレにとって、外出が頻繁に出来ない事は苦痛以外の何物でも無かった為、数週間振りに外の空気を吸う事はオレの楽しみの一つとなっていた。

いつものように心開ける友である動物達とコミュニケーションを取っていると、前方から何やら騒がしい声が聞こえてきた。外見的にオレとそう歳が離れていないであろう四人の忍達が任務を終えたのか、アジト方向に向かって歩みを進めている。

「多由也さんよォ、今日の任務はてめェのお陰で散々だったなァ?」

「うるせェゲス野郎、何でウチだけのせいなんだカスシね。」

「..多由也、そんな言葉を女の子が..。」

「くせーんだよデブ!」

騒々しい奴らだ。折角集まった鳥達が逃げてしまう。ハァ、と溜息を吐いた刹那、不意に気が付いた。この多由也とか呼ばれている女、以前実験室の前で大蛇丸と…。

声が全く一緒な上に音隠れの里には中々女性は居ない為、直ぐ様あの時の大蛇丸の部下だと気が付いた。

徐々に此方に近付いてくる四人の中で一際騒がしく目立つ忍。前回は顔形まではっきりとは分からなかったが、距離が縮まり彼女の素顔を目の当たりにした時、オレは言葉を失った。

美しい人だ。

四人はオレに興味を示す事も無くさっさと通り過ぎてしまったが、オレの瞼の裏では先程の彼女の姿形が幾度も反復されて、途端に初めて擽ったい感情を覚えた。


その日を境に、オレの檻暮らしは一変した。物理的に何かが変わる訳では無かったが、心の水底から込み上げてくる言葉に出来ない感情にオレは毎日苦労した。 一目惚れとはこういう事を言うのか…と、未だ純だった己の心に何度も問い掛けた。

ふと気付けばいつも彼女の事を思い出してるオレが其処に居た。

目付きこそ凛として迫力はあったが、その他の部位はごく普通の女の子であり、まるでそれを隠すかの如くあの乱暴な言葉遣い。口調に反して容姿は美しく、切れ長な双眸と長い睫毛は勿論の事、何よりあの綺麗な桃色の長い髪が印象的だった。

背丈も小さく体型は小柄で、オレのような大男が触れたら崩れてしまうのではないかと思った程だ。

そんな彼女の姿が脳裏から離れず、また一目で良いから彼女を見たい、と思い始めるようになった。


この薄汚れた里でも、オレにも唯一信頼の置ける人物が居た。それが君麻呂だ。

彼は片時も冷静である事を忘れず、如何なる状況であっても余り表情を崩す事は無かったが、オレには優しく接してくれた。親近感を感じたのは、オレがオリジナルで作られた呪印を君麻呂も持っていたからだろう。

言ってしまえば、オレのこの殺人衝動を抑える事が出来たのは彼だけであった。 オレ達にとって互いに良き友になる為にそう時間は掛からなかった。

君麻呂が自ら望んで大蛇丸の器になる事を決めたと知った時は悲しかったが、それもまた彼自身の道なのだろうと思い直し、彼の大蛇丸への忠誠心も含め、オレは彼を慕っていた。

君麻呂は定期的にオレの様子を見に来てくれていた。今日ももうじきすれば君麻呂が来る頃合いになるだろう。

オレは部屋の隅で膝を抱え待っていた。


こつ…こつ…、と足音が反響し此方に向かっているのが聞こえた。きっと君麻呂に違いない。オレはのっそりと起き上がり、足首に括り付けられた重い錘を引きずりながら堅く閉ざされた扉付近まで近付いた。

こんこん、と数回のノックの後に静かに鉄のドアが開かれた。期待はオレを裏切る事無く、やはり思った通り前に立っていたのは君麻呂だった。

扉は完全に開けられないよう鎖が付いているが、それでも互いの表情を伺うには十分のスペースだった。

久しぶりだな…、と声を掛けようと口を開いたが、その時オレは彼が腕に抱いている人物を見て言葉を呑んだ。

この子は…確か多由也…? 何故こんな所に…それも何故君麻呂に抱かれている?

急激に高鳴る心音といきなり過ぎる展開にオレは口をぱくぱくさせ、親友の顔を見つめた。すると彼は今更気付いたかのように、姫抱きしている多由也に一度目線を落としてから何食わぬ顔で第一声を零した。

「久しぶりだな…重吾。…この女の事は気にする事は無い、君との話が終われば殺す予定なだけだ。」

…自分でも分かった、己の表情がみるみる内に変わっていく事を。

「…多由也が…何かしたのか?」

再度君麻呂から目線をずらして多由也の方へと向け た。先程から静かな所を見る限り、今は気絶しているようであった。

君麻呂と同じような服を着ている事により、漸くこの二人の関係が分かった。

オレが多由也と云う名前を出した事に対し君麻呂は意外そうな面持ちを携えつつ、変わらずの表情でこう続けた。


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