水月と 2





彼女に慌てて祝いの言葉を送ってから3日。あれ以来、一度も顔を見ていない。まあ元々頻繁に来るわけでもなかったんだけど、正直…ちょっと寂しいかもしれない。やっぱあれじゃ、彼女のなかでは祝ったことになってないのかも。せっかくここに来させる事ができたのにな…。


今日の日付は2月18日…で、合ってた筈…。ボクの体内時計がずれてなければ、だけど。何年もこんな窓すらない辛気臭いとこに閉じ込められてるんだ。時間の感覚なんて、そう簡単に思い出せるモンでもないしね…。


(ハァ…)


溜め息を吐いたつもりが、聞こえるのはコポコポという水音。これにも随分慣れたもんだけど、正直退屈で仕方ないんだよね、この生活。
そんなマンネリ化した毎日のなか、大蛇丸がこの部屋に部下の忍を連れてきたりするようになったのはいつ頃だったっけ…。





最初の印象は、弱そうな女。なんか他にも男がいたからね…その所為で余計そう見えたのかもだけど。第二印象は…やっぱアレかな、口の悪さ!大蛇丸に対しては普通に敬語なのに…まあそれは部下なら当然なんだけど、周りの男達に対しての言葉遣いが酷いったらなかった。
それでも見た目は可愛らしい感じでさ、多分そのギャップの所為かな…この里に女が少ないってのもあったかもしれないけど、とにもかくにも彼女のことはボクの記憶にきっちり残っちゃったんだよね…。



次に来た時も、ボクは彼女を盗み見ていた。視線に気付いてない辺り、ボクよりは実力は下なのかな、とか思って。
次も、その次も、ボクは彼女のことばかり見ていた。まあこれくらいしかすることないしって、多分自分自身に言い訳してたんだろうね…。この気持ちに気付きたくなかったのかも。だって、ボクはこれでも忍だ。ムカつくことに、音に捕らわれちゃってるけど。
そんな感情あり得ない、とか思ってたのかもね。



しばらくして、大蛇丸が一人でこの部屋に訪れた。いや、正直そっちの方が多かったんだけど、こんなオカマみたいな奴のことなんかあんま考えたくないしさ…。


「……たまに来る赤髪の女の子…多由也って云うのよね…」


ポツリ。

急に大蛇丸が独り言…というにはあまりにもおかしな言葉を呟いた。
え?なに?もしかして頭どうかしちゃった?
本人に聞かれたら殺される可能性まであるかもしれない台詞を心の中に垂れ流している間も、大蛇丸の独り言(?)は続く。


「彼女の誕生日、もうすぐなのよね……2月15日、今日から五日後…」


赤髪の女の子…あの口の悪い子のことか…?その子しか思い浮かばないけど。っていうか2月15日!?ボクと三日違いじゃん!
ちょっとした偶然になぜか興奮してるらしいボク。え?なんでこんなテンション上がってんの?ボクはもうすぐ十三歳だ、誕生日程度で舞い上がるほど子供じゃないはずでしょ?…って、え?今2月だったんだ。

内心おかしな事態に陥ってるボクを他所に、何が楽しいのか大蛇丸はクツクツと笑う。


「ふふ…気になってしょうがないみたいねぇ………水月?」


ゴポパッ!?

急に名前を言われ驚いてしまって、ボクの周りに大小の泡が大量に産み出された。え、いつから気付かれてたのさ!?一応ボク、ここしばらく人型にすらなってないのに!
少なくとも、今の泡でボクが動揺したのは間違いなくバレた。というか気になるってなにさ、そんなわけ…。


「誕生日、あの子をここに連れてきてあげるわ…そうね、取引とでもしましょうか。もしアナタがそれで満足したなら―……




私の部下にでもなってもらおうかしら





あくまで楽しそうに、でも聞いてるこっちには恐怖と不快感を与えながら喋る大蛇丸。ああ、なるほど。多由也がボクに気付かなかったみたいに、ボクも大蛇丸に気付いてなかったってわけ?
さすが、三忍と呼ばれてるだけある…正直、ナメてた。

万が一ボクが満足したとしても嘘つけば、とか一瞬思ったけど…ダメだ。そんなの、すぐ見破られる。この圧力のなか、水に成れるほどまでに水に慣れたボクですら、溺れてしまうんじゃないかという錯覚を覚えた。




…どれくらい経ったのかは分からない。もしかしたら一分すら経っていなかったのかも知れないけど、気付いたら大蛇丸は部屋から消えていた。

そしてボクは、大蛇丸が話していた"取引"を呟くように反芻し、五日間、彼女のことを想いながら待った。大蛇丸に自分の心を見透かされていたことが悔しくて、ようやくボクは、自分のこの気持ちと向き合った。



そして三日前。多由也の誕生日。大蛇丸の言葉通りに彼女は部屋へやって来た。
本当は、一方的に祝うだけのはずだった。なのに、自分の誕生日が近いという偶然がボクの欲に火を着けてしまった。

自分の誕生日も祝ってほしかったんだ、他でもない彼女に。何とか理由をつけようと頑張ったけど、偶然偶然って…バカって思われたかもしれない、もう言われたけど。

そんな欲の所為で、ボクと彼女の初めての会話は短く、そして呆気なく終わってしまった。最後の最後で走り去る多由也の背中に「誕生日おめでとう」なんて悪あがきしちゃってさぁ…はあ…最悪だよ。





もう一、二時間で今日も終わる…筈、多分。もう来ないってことは頭で分かってるのに、任務かも、とか祈ってるボク。女々しい。うわ、ヤバイやだそれ。
液体のはずのボクから、なぜか液体が溢れ出そうになった時、扉が開いた。



「…誕生日、おめでとう」



見えたのは、愛しい赤毛の少女。聞こえたのは、小さな、でも十分聞き取れる声。若干顔が赤いのは、息が乱れてるのは、願った通り任務だったからなのか。

一言言い終えると、もう用は無くなったのか踵を返し、パタンと扉が閉まった。



呆然として、声を出すのを忘れていた。人型になるのを忘れていた。それでも彼女は、"取引"という名の"約束"を守ってくれた。



先ほど素っ気なく言い放たれた言葉が、ボクの心を急速に満たしていく。



どうやら取引は成立したみたいだ。

多由也とも。大蛇丸"様"とも。


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