水月と





「ねえ」

大蛇丸様に人体の資料を取ってきてほしいと言われ、教えられた場所は幾度か大蛇丸様と来たことのある、水の入った容器が多い実験室。目的の紙束を見つけ部屋を出ようと振り向くと、容器の中の妙な男に話し掛けられた。

「君さ、多由也でしょ?何度か大蛇丸と一緒にここへ来てたよね」

どうやらウチのことを知っているらしいその男は、現在上半身だけでペラペラと喋っている。…いや、これじゃ説明が足りないな。下半身は見えない、というのが正しいかもしれない。男の体は容器内の水の中。浮いているようには見えないが。

「…だったらなんだ」

とりあえず、用件を訊く。体については、ここは大蛇丸様の実験室なんだ。コイツの能力かなんかだと当たりをつける。

「まーまー、焦んないでよ。まずは自己紹介!ボクは鬼灯水月。将来、霧の忍刀七人衆を率いる男さ」

そう意気揚々と自慢気に語る鬼灯水月とやら。忍刀七人衆に関しては、将来と言っているため自称だろう。
…こっちは知られてるから紹介する必要はねェだろ。

「…で、用はなんだ」
「つれないなァ」

改めて用を訊く。鬼灯水月はぷく、と頬を膨らませたかと思うと、ギザギザの歯を見せケラケラと笑う。

「ボクと取引しない?」
「……」

予想内の返事が返ってきた。コイツは先ほど「何度か大蛇丸と一緒にここへ来てた」と言った。それはコイツが以前からこの部屋に居たことを示しており、今まで話し掛けてこず、大蛇丸様のいない今回に接触してきたことから、取引の内容も自ずと見えてくる。

「内容はなんだ?」
「うん、あのさァ…」

大方この里を抜けるための手伝い、とかだろう。ここにいる時点で、部下にも実験体にも自由なんて無いのだから。なぜウチに頼むのかは知らねーが、んなこと絶対バレるに決まってる。即刻大蛇丸様に報告だ。

「あのさ、多由也今日誕生日でしょ?」
「はっ!?」

予想外の答えが返ってきて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。鬼灯水月は口に指を当てしーっとか言っているが関係ねェ。そういや今日は2月の15日。確かにウチの誕生日だ。だがこんなとこで誕生日の話なんざするわけがない。

「なんでてめーがウチの誕生日を知ってる!?」
「だから静かにってば!あと、てめーじゃなくて水月って呼んでよね」

…この世界に於いて、情報とは時に命より大切なものだ。今ウチは、鬼灯水月とかいう奴に、誕生日とはいえ、あまり知られることの無い情報を掴まれている。他に何を知られているかわからないため、迂闊なことはできない…チィ。

「……」
「ほら、水月!簡単でしょ?これくらい」

「…水月」とおとなしく名を呼べば、嬉しそうに笑う。このヤローは、一体何を考えてやがんだ…?

「…話の続きだ、ウチの誕生日がなんだ?」

話を戻すと「あれ、意外と聞いてくれるんだ」と再び笑う水月。他にどんな情報掴まれてっか分かんねーのに、このまま放置するわけにもいかねーんだよ…!

「あのさ、なんかしてほしいこととかない?祝ってあげるよ、君の誕生日」
「……」

なんか、呆れてきてしまう。誕生日祝わせてほしいとか…祝ってやるって感じだが。そんなの普通でもないと思うんだが…。
…いや、これは"取引"だ。

「お前の見返りはなんだ?」

メリットなくしてこんなこと言うはずがないんだ。今度こそ、里抜けの話が出るだろうと思ったが…。

「ボクの誕生日明明後日だからさ、君も祝ってくれない?お互いにってことでさ」
「は…」

予想外も予想外。なんだ、コイツはそんなことのために取引を持ち掛けてきたのか…?

「バカか」
「ひっど!ボクは単に、偶然君の誕生日を知って、その日が偶然ボクの誕生日と近かったから、お互いに祝おうって思っただけだよ。さらに偶然、君が今日この部屋に来たからさぁ…!」
「………」

不機嫌になったらしい水月は、眉間にシワを寄せながら、根拠にならない根拠をつらつらと並べる。偶然が多すぎて不自然だと思わなかったのかコイツ。確かにウチがここへ来たのは偶然だ。だって大蛇丸様に資料を取ってこいと…、…!!

「ちょっ!!どこ行くのさ!?」

水月がそう叫んだのは、ウチが踵を返し、この部屋の唯一の出口である扉へ向かっているから。

「ウチは元々用があってここへ来たんだ。用は済んだ、早く戻らなきゃいけねェ」

結構長く話し込んでしまっただろうか。長いにしろ短いにしろ、資料取るだけの時間と比べりゃ大幅にオーバーしている。
急いで取っ手に手を掛けたとき、水月が焦ったように、もう一度声を張り上げた。

「誕生日おめでとう!多由也!!」

…そういやコイツ、自分で「静かに」とか言ってなかったか?
扉を潜りながらちらりと目を向けると、満面の笑顔でこちらに手を振る男が一瞬だけ視界を埋めた。





「大蛇丸様」

資料を片手に、主の前に跪く。

「遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。言われた資料を取って参りました」
「そう…ふふ、ご苦労だったわね…」

目を細め、口が三日月状になるくらい口角をあげる大蛇丸様。実験室の事、話すべきなのだろうが…何故だか報告するのを躊躇われる。

「時間については気にしなくていいわ…あの子、アナタに興味を持ってたみたいだものね」
「…え」

じゃあ今日、あの部屋へウチを行かせたのは…。訊こうと口を開く前に、下がれと言われてしまい、訊くことはできなかった。
水月は偶然だとかほざいていたが、やはり偶然が幾つも重なることはないのだろう。


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