白と





重たそうな灰色の空から、次々と小さい氷の綿が落ちてくる。それが、普段は生命の躍動をこれでもかと伝えてくる森の緑に降り注いで一面を白色に変えてしまうのは、毎年ながら圧巻である。

そんな白の森の中、ボクは雪から顔を出した薬草を探し出しては摘んでいた。寒いのは承知だが、在庫が少なくなってきてしまったものは仕方がない。時には雪を掘り、あるいはその下の凍った土を掘りながら、黙々と採取する。

「──」
「?」

雪の中でも葉をつけていた低木から殺菌作用のある葉を幾枚か採った時、少し遠くの声を拾った。
ここまで接近して気付かなかったなら、忍の可能性が高いだろうか。そもそも一般人なら雪深い森のこんなところまで潜っては来ないと思うけど。

警戒しつつ声の出所を確認に行くと、白の中に赤を見つけた。
白米の中央に埋めた梅のように目立つそれは、近づけば血液だと判った。上を見上げれば積もった雪が落ちた太い枝と、そこに伸びて折れたらしい鋭利な血の付いた細い枝。おそらく雪で折れた枝に気付かず怪我をしたのだろう。
そう判断して周りを見れば、赤い斑点がもうひとつ、ふたつ。その先は無いのでどうやら布で押さえるか何かしたらしい。
……さて。

「どうしようかな…」

追いかけるか否か。いや、実質一択だろう。追いかけるべきではない。木上を移動していた時点で
忍なのは確定。怪我といっても深くないだろうからすぐに血も止まる。
問題なのは、この森に居座るかどうかだ。
現在この付近にアジトを構えている身として、それは喜ばしくない。ただの通過点ならまだマシだが、それでも見つからない可能性が無いわけではない。しかも、もし何度も通られれば危険度は跳ね上がる。
ここは再不斬さんに伝えて新しいアジトを探すのが正しい回答だろう。

薬草採りを中断して樹の枝に飛び乗った。途絶えた自分の足跡を眼下に辿って、雪の積もる木上を駆けた。



「!」

籠の薬草が、振動でガサリと音を立てた。アジトまであと少しのところで、気配を感じて停止する。再不斬さんではない。ならば可能性が高いのは、先程の負傷してる忍だ。
まさかここまで近寄られているとは思わなかった。足止めの意味合いも含めて、気配を消しながらゆっくりとその人物に近付く。

白の中に、赤が、ひとり。
長い赤髪を雪に濡らした少女がひざまづいている。

「…何をしているんですか?」

思わず、声を掛けてしまった。
バッと音が聞こえるほど勢いよくこちらを向いた少女の顔は、驚きに目を見開いている。どうやら、こちらの気配を感じなかったようだ。
彼女はその茶色い双眸を細め、吊り上げる。

「…誰だ、テメェ」

予想外に口の悪い少女らしい。振り向き様に警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる彼女の足元を見る。思っていたより深く切れてたらしいその傷からは、未だに紅い血が脛と雪を染めていた。

「少し深いですね」
「関係無いだろ」
「コレ、よかったらどうぞ」

立てなくなるほどの怪我には見えないが、あのままだと延々と血を流し続けそうだ。彼女の目線くらいまで軽く屈んで、籠の中を漁る。裏地に白い産毛を生やした葉を必要数取り、揉んでから彼女に差し出した。

「蓬です。止血効果があるので、気休めにはなると思いますよ」
「…それをウチが受けとると思ってんのか」
「何も仕込んでいませんよ。怪我をしている貴女を放っておくほど、非情ではありませんから」

警戒する彼女に微笑む。蓬を握らせると、虚を突いたのか目元から少し剣が取れた。せっかく綺麗なのだから、笑った顔も見てみたかった。

「大丈夫ですよ」

もう一度笑んでからその場を立ち去った。彼女は追いかけてこなかった。
最後に言った言葉は警戒していた彼女に向けてか。
それとも…彼女ならまた来てもいいと、会いたいなどと思ってしまった自分に対してだろうか。



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