右近と





腫れているのか、唾を飲み込むだけでも喉が痛む。息をするのもなんだか億劫になり、呼吸を浅くすれば、ひゅうひゅうと微かな音が耳に届く。
寒さに震える四肢は気怠さのままに布団の中に放られて、頭は靄が広がっていくような痛みを訴える。


冬のとある日、ウチは盛大に風邪を引いた。



「っしゅん」

仕事は強制的に休まされた。それは周りの優しさ等であるはずもなく、ただ動きの鈍い奴など居ても、足を引っ張る役立たずでしかないからだ。…その足手まといが自分だという事実に腹が立つ。
こんな状態じゃ笛も吹けない。何をするでもなく、苛立ちから虚空を睨み付けていると、急に男の声が部屋に入ってきた。

「オイ、居んだろ?さっさと開けろ」

次いで、扉を叩く音。この声は右近か、珍しい。五人衆がウチの部屋を訪ねてくることなどほとんど無い。常に左近に主体を任せ、寝てばかりいる右近が来たことに、正直驚いた。しかももしかして、一人かコイツ?
が、しかし。ウチは怠い。それに寒気もするから布団から出たくない。喉も痛むから声をあげての返事もするつもりもない。
内側から鍵を開けてやらないと扉を開けられないとわかっているが、上記の理由で目線だけ、右近のいる方向に向ける。意味なんて無いが。

「オイ、多由也。……寝てんのか?」

最後は少し声が小さかった。出向く気も無いので、勘違いさせておくのは全然構わないんだが…なんで困ったような雰囲気が伝わってくるんだ?
わざわざからかいに来たわけでもなさそうだが、扉の外に聞こえるほどの声量で話すのはごめんだ。諦めて布団を退けて、立ち上がる。くらり、と少々頭が痛むが、放置してゆっくりと歩を進める。

「…何の用だ」

小さく短く、息を吐くように発した言葉は、思ったよりも掠れていた。…水分が必要か?起き上がったついでに後で取りに行こう。
発言はちゃんと届いたらしい。

「あ?なんだ起きてんじゃねェか。んだよ小さい声だな。まあいい、取り敢えず開けろ。オレは気が長くねェんだよ」

知ってる。んで用はなんなんだ。わざわざ起き出してやったんだから喋ればいいだろクソヤロー。

心の中で返事をしつつ、扉を睨む。ハァ、と小さなため息が漏れて、それだけで乾いた喉を痛め付ける。

「…言えばいいだろ、そこで」
「や、用件は…」

何故だかそこで言い淀む。「あー」と呻いたと思ったら、ガシガシと頭を掻く音が聞こえてきた。

「…見舞いだ、見舞い。様子を見に来た。それだけだ。まぁ起き上がれるくらいには大丈夫そうだな。もうオレ戻るわ」

急に早口で言い上げられたその内容に内心首を傾げた。は?見舞い?コイツが?ウチに?

踵を返す音がして、ウチは無意識に鍵を回していた。

ガチャリ、と扉を開けば、気まずそうな右近と目が合った。帰ろうとしたが音に気付いたらしく、体は半分こちらを向いている。

「…どうした?」
「いや…、…っくしゅ」

何でもない、と続けようとしたらくしゃみが出た。右近に部屋の中まで押し戻される。

「体調悪いんなら寝とけ」
「それは、…ふぁ、くしゅっ」

お前が起こしに来たのが悪いんだろ、と抗議しようとしたらまたくしゃみが出た。この短時間で悪化したのだろうか、次々と出るくしゃみが止まらない。
呆れたような右近にやや強引にベッドに入れられ、布団を被せられる。ろくな抵抗もできない自分の身体と、理不尽な物言いの右近に苛立って、せめてもの腹いせに睨み上げる。

「……」

何かを言おうとしたのか、右近が口を開き、閉ざす。躊躇いがちに伸ばされた手のひらが前髪を退け、ウチの額を覆った。やはり熱があるからだろうか、ひやりとしていて気持ちが良い。自分の眉間から皺が取れるのを自覚すると、右近が驚いた顔をした。どうしたんだ?

「…なんつーか、思いの外おとなしいな。熱も結構ありそうだし、そのまま静かに寝てろ」

実行してたのに、それを邪魔した奴に言われたくない。心で反論している内に右近が勝手にウチの部屋を漁り、コップに水を入れて持ってきた。そういや喉乾いてたんだった。
ベッドサイドにコップともうひとつ、シンプルに包装された包みが置かれる。

「…なんだ、それ」
「お前声酷いから気遣ってやったんだよ。こっちは…まあ、自分で考えろ」

右近がそそくさと扉へ向かっていく。なんとなく、その背を見ていると軽く振り返りこちらに視線を寄越した。

「こんな日に風邪で寝込むとか、お前もツイてないよな、じゃ」

パタンと閉まった扉を、しばし見つめ続ける。
…こんな日?今日、何かあったか?

「…っくしゅん」

熱のせいか集中できず、うまく考えがまとまらない。考えるのは熱が下がってからでもいいか。瞳を閉じて、ウチは意識を手放した。


冷静になって一番に思ったのは「なんで弱ってる姿を自ら晒してんだ、バカかウチは!!」だった。


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