シーと





数本の蝋燭が照らす薄暗い地下牢。密閉されたその室内に吹き込む風と扉の軋む音が、ここに来客があることを伝えた。

整った目鼻立ちに、それを隠すことを避けるように流れる金の髪。
目の前のくノ一がガタッと大きな音をたてて立ち上がり、その真っ赤に染まった顔を金髪の男に向け、耳障りな声で話し掛けた。

この女がこいつにどういった感情を向けているのか、一目見れば誰だってわかるだろう。しかし、仮にも忍であるというのに、色恋。恋慕。惚れた腫れただ?

「さて…多由也」

…くだらねぇ。

「今日は何を話すか…」

いつの間にか見張りのくノ一に代わり、目の前の椅子に腰かける男。口元はどこか嬉しそうだ…なぜだ?

「……」

「そうだな…お前の誕生日を教えてくれないか?」

当然のごとく無視を決め込むウチを気にすることもなく、男は喋ることをやめはしない…誕生日?馬鹿馬鹿しい。

「……そんな有って無いようなモン、訊いてどうする」

男の笑みが深まるのがわかった。不快だ。

「誕生日を知っていれば、お前の生誕を祝えるだろう」

「馬鹿か、敵の生誕祝ってどーすんだこのゲスチンヤロー」

楽しんでるというか嬉しそうというか…そんな嬉々とした表情で馬鹿げたことをぬかされると、さらに腹が立つ…!!

「言う気はないのか?」

「ある分けねーだろクズ」

「…そうか」

フッと息を吐き出し立ち上がる男は、それでもなお優しそうな面持ちをしてこちらを見つめていた。

「なら、今日が誕生日ということでどうだろう」

男の手中にある鍵が、牢戸の錠に刺さり、ガチャガチャと無機質な音を立てる。

「…は?なに言って…」

「いつなのか、教えてくれないんだろう?それなら俺は、今日を多由也の誕生日と認識することにしただけだ」

「…意味わかんねー」

それじゃあ余計意味なんてないじゃねーか。そうこう言ってるうちにも男は鉄格子無しにウチの前へと躍り出た。瞬間。ぽん、という小さな音と共に、頭に暖かい衝撃を感じた。

「とにかく俺は今日…2月16日を、お前の誕生日としよう」

優しく左右に動き出す頭上の掌とは真逆に、ウチの体は固まった。

「……」

「誕生日プレゼントを渡したいところだが、あいにく物は持ち込み禁止でな…だから俺は…」

「…じゃあ、昨日だ」

呟いたその言葉は、しっかりと男の耳にも届いたようで。ウチを撫でていた手は止まり、ウチは頭ごとポカンとしたアホ面に顔を向けた。

「ウチの誕生日は昨日。時既に遅しだ。流石に情報も吐かねーやつをずっと捕らえとくこともねーだろ?残念だったな祝えなくて」

一体何を思ってこんなことを言ったのか。自分で自分がわからないまま、退けろとの意思を込めて首を振った。だが。

「…そうか」

予想外にも再び掌は動き始め、弧を描く口からは、再び言葉は紡がれ始めた。

「わかった、信じよう…プレゼントが遅れたな、多由也」

手が離れたと思ったら、次の瞬間全身に感じる温もり。顔の横で揺れる金色。

「しかし今は現物を贈ってやることはできない。それは来年にとっておこう…」

背中にあった掌が上へと向かい、まるで後頭部の髪を鋤くように撫でられる。だから敵だっつってんのに、なんで。

「だけど多由也、誕生日おめでとう…お前に会えて、俺は嬉しい」

どくどくと心音が聞こえる。こいつの…いや、ウチの?わからない。わからない。
でも、誕生日なんて、そんなもの、有って、なんの意味が。

「くだらねぇ…」

その時自分の口元が緩んでいたことに、ウチは気付かなかった。


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