小さい頃のおはなし | ナノ
4才


霧深い山の奥。建っているものは、丸太で組まれた家が一軒。住人は一組の母娘に加え、一人の男も一緒に住んでいた。男の立場は夫であり、そして義父。つまり母は再婚したのだ。
山の天辺まで陽が昇った頃。細かいところまで掃除の行き届いた部屋のなか、綺麗に雑巾がかけられた木の床板に水が飛沫を上げた。

「なんでお前なんだ…なんで…!」

娘を見て、苛ついたように呟くその男。その手に握られているのは、木を彫って作られた湯飲み代わりの器。一方、睨まれている娘が手に持っているものは一枚の雑巾。随分長いこと使用してるのだろう。交差している縫い目からも糸によって重ねられた布からも、五本六本ではない数のほつれが飛び出している。どうやら今しがた掃除が終わったらしく、雑巾の生地はかなり汚ならしい。近くに置かれた、バケツ代わりの桶も同様で、中の水は表現のしようのない色に濁り、酷い悪臭を放っている。前にもこういったことがあったのか、もしくは相当時間が経っているのかは分からないが、水が桶に染み込んで、それ自体も鼻の奥を強く刺激する匂いを有してしまっている。
娘は俯いたまま無言で、床に溢された水を拭き取っていく。その顔に一年前のような笑顔は微塵も見受けられない。その代わり増えたものは、目の周りを覆う大きな痣と、口端に見える歯、血。耐えるようにガリガリと唇を噛む様はとても幼子とは思えなく、同時にとても痛々しいものであった。
生まれつきだっただろうつり目は大きく腫れて、端には透明な雫が限界まで溜められ、母に丁寧に櫛で梳いてもらっていた赤髪は斬切りにされたままの形で血によって固まり、黒ずんでしまっていた。

「やめて…!」

ギィ、と扉の軋む音と同時に今にも枯れそうな制止の声が掛かった。部屋に入ってきたのは、ろくに着衣できていない母。
母は娘の元へ向かおうとするが、少し動く度に眉根を寄せ、呻き声を漏らす。

昼間娘一人だと寂しいだろう。子供が一人だと危険だろう。そこに優しい男性からの求婚。ある程度事情を話し、子持ちでも構わないと受け入れてもらえた。娘にその事を話し、渋々ながらも了承してくれたため籍を入れ、男を連れてきた。
これが、男が住むまでの粗筋となる。
それが何故こうなってしまったのだろうか。

殴って。殴られて。怒鳴って。怒鳴られて。
幸せの欠片も見つかることはないが、これが新たな三人の日常なのだ。

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