小さい頃のおはなし | ナノ
2才


霧深い山の奥。建っているものは、丸太で組まれた家が一軒。そこに住むのは一組の母娘だけ。母親は現在出掛けているのだろう。家にいるのは娘一人で、ベッドに横たわり小さな寝息をたてている。年のころはまだ2、3才の少女…というより幼女だ。
しばらくして娘は目を覚まし、ベッドからゆっくりと飛び降りて、散らかった家もそのままに外へ出た。扉の横に置かれていた自身よりも10cm程大きな桶の縁を掴むと、地面に跡を残しながら山の中を移動する。あまり坂のない道を歩き辿り着いたのは小さな泉。どうやら水を汲みに来たようだ。だが娘は泉に目もくれずに、泉の隣の岩壁から流れる湧き水へ向かった。成る程、まだ幼い娘には水の入った桶を引き上げることは不可能だろう。だが、それを運ぶことも困難ではないだろうか。娘は水が入るように岩壁に寄せて桶を置くと、近くに生えていた木の根本に、桶が見えるように腰を下ろした。
一刻も経っていないだろうか、日が沈み始めた。桶からも水が溢れ、その水が流れて泉に溜まっていく。それでも娘は動く気がないらしい。木に寄り掛かり軽く膝を立て、再び夢の中に入ろうとしていた。

「多由也ー?」

響いたのは女性の声。がさがさと足元の低木を揺らしながら、少し幼めの顔つきをした女性が、娘の名前を呼びながら歩いてきた。名前を呼ばれた娘は勢いよく目を開き「かーさん」と嬉しそうに母を呼ぶ。

「ごめんね、遅くなっちゃったね。もう、水汲みなんてしなくていいってば!多由也じゃ持って帰れないくせに、こんなに…」

桶を見ながら溜め息を吐く母。だが、娘は特に反省していないらしい。

「かーさんだって、ひとりじゃもてないだろ」
「うっ!た、確かにそうだけど、こんな一杯一杯じゃなければ持てるもん」
「うちがいっしょにもてばもってかえれるし、さきにもってきてれば、みずがたまったとき、かーさんがかえってくるんだ。いっせきにちょうだろ?」
「…多由也の屁理屈。そういうとこ、ホントお父さんそっくりなんだから」

母が頬を膨らませて桶に手を掛けると、娘も自然に桶に手を添えて、力を入れる。これが、この二人の日常なのだろう。

- 1 -


[*前] | [次#]
ページ:






top
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -