一日デート
「恋人というのは、よく手を繋ぐものなのか?」
情報収集のため、一般人のフリをしてとある国に潜入中のこと。すれ違ったカップルを横目に訊いてきた君麻呂。
「それがなんだ?関係ねーだろ」
「…何を言っている?」
思ったことをそのまま口に出すと、訝しげな顔をされた。
…何を言っている?は、こっちの台詞だ。実際関係ないだろう。
「君は話をちゃんと聞いていなかったのか…?」
周りを軽く見渡して続ける。
「僕等は恋人のフリをして潜入捜査をしているんだ。そう見えるよう振る舞うのは当然だろう」
「…何言ってやがる」
無表情で淡々と、小声で話す様は嘘だという可能性を否定しているようで。だが…。
「んなことして何になる。普通に一般人で十分だろーが」
「…大蛇丸様の崇高な考えを、君が理解できるはずもないか」
「まずそんなこと聞いてねェ。ウチが大蛇丸様の話を聞き逃すとでも思ってんのか」
「…声が大きい。潜入調査中なのを忘れたのか?」
涼しげな目をこちらに向けて、手を差し出してくる君麻呂。
そして…。
「僕の言葉が信じられないとでも言うのか…?」
一気に冷たくなる瞳。空気。
何度も浴びたことのある、君麻呂の殺気。
「………チィ」
若干乱暴に、差し出された手を取る。
何でこんなやつと手を繋がらなきゃならねェ。何で恋人のフリなんざしなくちゃならねェ。何でコイツに従わなくちゃならねェ。
腑に落ちない。イライラする。だがウチが弱いせいだ。…クソ。
「……っ」
突然、手に痛みが走る。隣の男は冷ややかにウチを見下ろしていて。
「…悪りィ」
心情が表に出ていたのだろう。何もできない自分に、ただ苛つく。
「もう少し楽しめ…僕等の初デートに、そんな顔をするな…」
「…は」
唐突な言葉。ああ、今は恋人の演技をしなくちゃならねェ。
「お前も、言えた表情じゃねーだろ。もうちょい楽しそうな顔したらどうなんだ?」
未だに無表情を崩さない君麻呂にいい放つ。いままで笑った顔なんて見たことねーけどな…。第一恋人のフリったって一体何を…。畜生、それもこれも君麻呂のせいだ。
「楽しかったら僕も笑うよ」
「……」
適当に流された気もするが…ここからはもう、気を引き締めなければいけない。
「そろそろ目的地の里だ…」
大きな通りに、立ち並んだ店。そこを行き交う人々。
二人で寄ったところはどこも賑やかで、どこにいても人の話し声が聞こえた。
茶屋では君麻呂がカップル限定のスイーツを頼み、さりげなく店員に聞き込み。食べている間は周りの話に耳をそばだてた。
人気の店に寄って、薦めの物を聞きつつ再び聞き込み。勧められるままに簪を一つ購入。
似たようなことを何度も繰り返して日が暮れ、帰路を辿る頃。いくらかの目当ての情報と共に増えた、手元の袋を見てため息を吐く。
「ここまで買う必要はなかったんじゃねーのか?」
ウチが持っている袋はなく、君麻呂が大きな袋を三つも持っている。中身はほとんど女物で、男が多い音の里では非常に不必要だと思う。
「訊くだけ訊いて店で何も買わないのは不自然だろう?それに少ないだけで、里に女が居ないわけでもない。もったいないと思うのなら君が使えばいい」
「ウチがそんなもん着けるとでも思ってんのか?」
正論ではあるが、ウチは元々自分が着けるつもりなんてさらさらない。
「そんなことを言うな…」
ガサガサと袋の中を漁る君麻呂。目的のものが見つかったのかするりと取りだし、ウチの頭に手を伸ばす。
「結構似合っていると思うよ…多由也」
山吹色の簪をウチの髪にあてがい、微笑みながら言う。
初めて見た笑顔は、優しく自分に向けられた。
「…バカじゃねーのか」
少し、顔が熱い気がするのは気のせいだろう。
「とっとと帰るぞ、君麻呂」
「ああ…わかっているよ、多由也」
暗く冷たい部屋。光は頼り無さげな蝋燭のみで、火が揺れる度に金の瞳が怪しく煌めく。
「随分楽しんできたみたいね…まあ、情報はちゃんと得られてるから良いのだけれど」
少し意外そうな顔で大蛇丸様は言う。今日ばかりは、少し早めにこの場が終わればいいと思ってしまう。
「ご苦労様、もうさがっていいわよ」
ああ、無事に終わった。大蛇丸様を理由に私事を働くのはとても心苦しいものだった…。
それでも、今回ばかりは許してもらえるだろう。
さっさと部屋に戻ってしまった彼女を、想う。
(誕生日くらい、嘘をついても良いだろう?)
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