小説 | ナノ

ああ、なんてかわいそうなひと。



「戦利品で人を貰ってくるだなんて趣味が悪い。今すぐ返してあげて下さい」
きっぱりとそう告げたのは、この国の第一王子だった。
今現状、顔をしかめているが、それでも彼が十分に美形だというのは分かった。背も高くしっかりと鍛えた体躯に甘いマスクとくれば女性達をメロメロにしてしまうのも無理はないだろう。
さらりと絹のような黒い髪に叡智を湛えた緑色の瞳。その視線が刃物のように、父親・・・つまり国王に突き刺さり、我が子ながら恐ろしいと国王は身を震わせた。
「いや、あのな、誤解だエリックス。先方が無理やり押し付けてきて、どうしたものかと思って」
「でも結局受け取っちゃったんですから結果は変わらないでしょうに」
父親の不甲斐無さにやれやれと溜息を吐いたエリックスは、隅の方で俯いている『戦利品』に視線をやる。もちろん国王にやった物とは違い、優しい視線を、だ。
豹系の獣人。
アーモンド型の金茶の瞳は何を映す事も無く茫洋としていて、彼が如何に絶望しているかが窺える。

隣国がこの国に戦争を仕掛けて来たのはついこの間の事だ。
元々国力軍事力においても遥かに上にあるエリックスの国に、どうしてそんな真似をしたのか。確かにあの国は人間よりも戦闘能力のある獣人が多くはいるが、それを活かすための設備がきちんと整ってないのだから無意味に近い。
仕掛けられてあっという間に制圧し、死人をあまり出さずに勝利したのは言うまでもない。
元より無駄な争いと制圧が嫌いなこの国は、敗北国に必要以上のものは一切求めなかった。
それが先方の僅かに残るプライドを傷つけたのか、無理やり戦利品を送ってきた訳だ。
「せめて物品ならよかったものの・・・人権とかまるで無視だ」
言ってエリックスは獣人の傍まで歩み寄る。
「王子、危ないですよ」
一応拘束はしているが、力のある獣人、万が一の事はあってはと兵士は止めるがエリックスは構わず歩みを進める。
「流石猫科の獣人、しなやかで綺麗な・・・確か、神職についていたとか」
「ええ。結構高位の・・・それでですね、あの国では一番綺麗な獣人だったらしくて・・・・・・」
だから送ってきた訳か、とエリックスは頭が痛くなる。
身分も良くて見た目も良い、どう考えても見世物にするなり慰め物にでもしてくれという意味合いで送ってきているのは確定だ。
悪趣味にも程がある。
「とにかく、仮にも敵国にいるだなんて生きた心地がしなくて可哀想だろう、何とか帰してやる事は出来ないのか?」
言いながらエリックスは獣人の頭をそっと撫でる。
そこで初めてびくりと反応し、恐る恐るエリックスの顔を仰いだ。
「ああ、やっとこっちを見てくれたね。名前は?」
「・・・エヴァン」
「エヴァンか、もう少し待ってくれ。今故郷に帰し・・・」
「王子、それは難しいと思います」
間髪入れずに家臣の一人が割り込む。
「どういうことだ」
「・・・エヴァン様の手前、少々言いにくいのですが。先方からの言伝で気に入らなければ処分して構わない、と」
「つまり、国に帰せば気に入らなかったと見做され、殺されるという事か」
「!」
エリックスの言葉にエヴァンは酷く怯えて、それまで大人しく頭を撫でさせていたのがパッと離れ距離を取ってしまう。それに気付き、
「ああ、怯えなくても大丈夫だ、殺させはしないからね」
と慌てて安心させるための言葉を投げかける。
「しかし、何てまあ酷い事を」
こんな事ならこのような阿呆な真似をしないように潰しておいた方が良かったかとぽつりと零すエリックスに、怖いので止めて下さいと兵や家臣たちに止められる。
「てかやっぱ父上が後先考えずに押しに押されるのが悪いんですよ、反省して下さい」
ひと一人の人生の自由を奪った罪は重いですよ、と一睨みされ、国王は蛇に睨まれた蛙の如く動けなくなってしまった。

「何はともあれ、君の部屋を考えないとね」




エリックスに連れられ、やってきたのは王子殿下自らの部屋。自分のような者がこのような場所に、と躊躇えば気にする事はないよと王子は笑って言った。

この時までは。



部屋にエヴァンが入ると、風を切る音がした。
咄嗟に避けて音の方向を見てみれば、壁に刺さっているのは鋭利なナイフ。
大して驚きもせずにエリックスの方を見やれば、そこには先程の優しさなど微塵も感じられない冷たい表情の王子様となっていた。

「・・・かわいそうな人、とでも言ってやろうか」
「なるほど、やっぱあれは全部演技だった訳だ」
つ、と頬に何かが伝った気がしたのでエヴァンは撫でてみると、それは血だった。やたらめったら真っ直ぐ飛んだなぁと思ったら魔術も使っていた訳だ、頬がちょこっとだけ切れている。
「そっちの出方は知ってるからな、慈愛に満ちた国力ある国を次々に落としてるっていうからどんなものかと思ったけど」
そんなエヴァンの様子など露も知らず、エリックスは腕を組み冷やかな態度を崩さない。
「ぜーんぜん大した事無い」
折角全員で丁重におもてなししてやったのに、とつまらなそうに言うエリックス。しばらく呆然としていたエヴァンだが、漸く事態が呑みこめたのか楽しそうに笑う。あんまりにも楽しそうにげらげらと笑うそれにエリックスは面喰った。
普通、こういう時は悔しがったりとか悪態をつかないか?
「いやぁ、驚いた。まっさかそういうパターンで来るとは思わなかった、今までの国とは大違い」
期待はずれな事しちゃってごめんねー今度はもうちょっと楽しくなるように考えよう、とエヴァンはうんうんと一人頷く。

エヴァンの国はエリックスのいう通り、負けたとしても貢物と称して国が誇る美しい者を贈る。もちろんそれらは手腕の確かな国に身も心も捧げている者であるから、敵の国内を得意の色香等を惜しまず使いとにかく乱す。弱ったところ狙って再び攻め入るという方法。
元々最初の勝敗などは大事ではないのだ。最初の戦いでは兵力を損なわないように動き、勝てばそのまま、負ければ間者を送り込む。
しかし、たった一人でそんな真似が出来るとは大したものだと認めざるを得ないのかもしれない。

「だって今までの国ってさぁ、あっさり騙されてくれるところが大半だし、たまにそうじゃないのもいてもさ、色情魔みたいなのいたし」
「そんなのがいるのか」
「いるに決まってんじゃん、一応俺、そっち方面でも落とすように言われてたし」
大体きもいオッサンだったから一撃で殺ったけどねーとカラカラ笑うエヴァンに、
「アンタも大概名演技だな・・・」
「えーでもそっちには負けるよ、だって私、最初の方は信じちゃってたもん」
「いっくら平和で穏やかな国って評されていても、皆、頭の上にお花咲いちゃってほわほわしてるという訳でもないんで」
結構そう思っちゃってる国の人多いんだ、と零すエリックスにエヴァンは頷いて、
「私もそー思ってた」
とうんうんと頷いた。
こうあっけらかんと事実を受け入れてしまうエヴァンに、エリックスは内心感心していたのと同時に少し悔しかった。
もっとショックを受けたり取り乱すところが見れると思っていたのに。この男ときたら平然としている上に気付いたらエリックスのベッドの上に遠慮なく腰掛けて足をぶらぶらさせている。背後からちらちら覗く豹の尻尾が妙に可愛らしく感じてしまうのも苛立つ原因の一つといっても過言ではない。


「で、アンタの処分だけど」
苛立ちに任せてこのままこいつに自ら下した決定案を言い渡してやろうと、エリックスは真っ直ぐにエヴァンを見つめる。
その視線を楽しそうな表情のまま、にこにこと笑いながら返し、
「王子様に仕えたいなー」
小首を傾げて可愛らしくきゅるんという効果音まで付きそうな仕草でエヴァンは言い放った。なまじ綺麗な顔をしているだけに男のくせにとか気持ち悪いとか言えないのが困る。
「・・・・・・・・・はい?」
エリックスのこの反応は当り前と言えば当り前の反応である。しかし、エリックスの反応なんてお構いなしに、エヴァンはぴょんと身軽にベッドから降り、ぐるりと部屋を一周する。
何だか猫が初めて来た家のチェックをしているようで、こんな状態でなければ少し微笑ましい物に見えるような気さえした。
「じっつはねー、今の国、飽きちゃったんだ」
他国の攻略パターン同じだし、色仕掛けとかホント嫌いだし、とエヴァンは言う。
「まあでも何よりね」
それまで無邪気に笑っていたものを一変、急に色香を漂わせる妖艶なものへと変える。

「皆で私を騙そうっていう発想の王子様が面白いから気に入っちゃった、悪さしないからしばらく此処置いてくんない?」

難なら元いた国やその国と仲良くしていた同盟国の知られちゃヤバい情報ぜーんぶ教えてあげるよ?信用できないなら此処で殺しちゃってくれても良いし?とソファにゆっくりと腰を掛けながらにぃっと口角に弧を作る。
そんな情報いらんから帰れ、と言えたらどんなに良い事か、でもやはり一国の王子としてはエヴァンの持っている情報は喉から手が出るほど欲しい。
敵国からそんな下賤な方法で手に入れる訳には、こういうのはちゃんと正攻法で、なんて言えるような純情真面目な好青年では国なんて守れるもんじゃない。

結果が分かっているのかニヤニヤしているエヴァンを尻目に、エリックスはがっくりと肩を落とす。
「・・・厄介なのに好かれた」
「ホントかわいそー」
お前だけには言われたくないわ!!と思う反面、これを手懐けたらさぞや面白いだろうなぁと思ってしまう辺り、エリックスはこの次に自分の吐くセリフに見当がついてしまい溜息を吐きたくなった。

ホントは騙した後に処刑してやろうと思っていたのに、あっぴろげな性格とやっぱ見た目が綺麗なのが敗因だろう、とんだ計算違いもいいところだ。


「置いてやるから、情報は全て寄こせ」


END

ああ、なんてかわいそうなひと。
御題提供→リライト





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