「わ!」

「ぎゃあ!」



突然後ろから肩を掴まれた。


まだ心臓がどくどく言ってる。くそう、驚かしすぎだ。このやろう。



「“ぎゃあ”とか、色気無さすぎだ。このやろう」

「余計なお世話じゃ。このやろう」



驚いて落としてしまった教科書を拾おうとしゃがんだら、既に奴の手によって拾われていた。


そういう、優しさにいちいちドキドキしてしまうあたしの心臓はなんなんだ。



「ほい」

「ど、どうも」



お礼を言って受け取ろうとした。だけど、奴は教科書を離してくれない。


ぐっと力を込めてこっちに引き寄せるも、ぐいとまた奴の方へ引き戻される。



「返してください」

「うん。だから早く取ってください」

「うん。だから離してください」



意味がわかりませーん、と奴。


意味がわからないのはあたしの方だ。奴はなにがしたいんだよ。



ぐっとまた力を強めて引くと奴はすんなり教科書から手を離した。


いきなり離すもんだから、あたしは力を込めすぎて後ろに尻餅をついて倒れた。



「ばーか」

「うるせーよ」



絶対に楽しんでる。


奴はくくく、とバカにしながら笑うと、尻餅をついて倒れているあたしに手を差し伸べた。



「…………。」

「早くしなさいよ。そのままずっと座っとくつもりですかー?」

「……ありがと」



倒したのはあんただけどね。と嫌みを込めて付け足したけど、奴はとぼけやがった。



奴に差し伸べられた手に自分の手を重ねると、ぐいと強い力で引かれる。


そして、立たされたあたしは、そのまま奴の胸へと引っ張られた。



「ちょ! ち、近い!」

「え? そう? 気のせいだと思うんだけどー?」



そう言ってぎゅうぎゅうと密着していく奴とあたし。


離れようと奴の胸を押すも、全く持ってビクともしない。



心臓がドキドキドキと早く動いていて。



「めっちゃドキドキしてんね」

「うううううるさい」



それが聞こえてしまう近さだという事で。弱みを一つ握られてしまった気がする。


だけど、ドキドキはいくら自分に止まれと言っても止まってくれなくて。


もう破裂寸前のこの心臓を、自分でもどうすればいいのかわからない。



「授業、はじまる……!」

「サボればいいじゃん?」



おいおい、勝手だな。なんて突っ込む余裕はこれっぽっちも無い。


とりあえず、どうにかこの状態から抜け出したい。抜け出さなければならない。



「これさ、あたしがあんたに抱き締められてる、って思われるよ?」

「うん。抱き締めてるしね」

「な、何故……!?」



ダキシメラレテル?


これがあの噂のあれですか。よくカップルがやってるあれですか。



「いやいや!! あたしらカップルじゃないじゃないか……!!」

「お、意外と純粋なんすね」

「だ、だから、離れましょう!! 早く、今すぐに!!」

「カップルだったら良いわけ?」



ぽつり、そんな事を聞かれてもあたしにはわからない。だけど、ぶんぶんと顔を縦にふる。


だって、心臓がドキドキしすぎて壊れて死んじゃいそうだもの。



だから早く離れてくれ。



「じゃあ、カップルになろうか」

「は……?」



奴は頭がおかしくなったのか。抱き締めるためにカップルになるのか。


疑問がありすぎてよくわからなくなっているあたし。



「好きだからに決まってるだろうよ」



という事で。奴はそう付け足すと。



ふわり、キスを落とした。




心臓は一つじゃ足りない



(…………っ!!)

(え? おーい)

(心臓が、壊れそう)





title:Aコース



110212


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