11 今何時?

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「・・・仙蔵。」

長次の静かな声に、仙蔵も同じ様にどうした。とそちらを向く

「***さんを、怪しんでいるんだろ。」
「・・・わかってるのだろ?」

怪しんでるさ。とカチカチとマグに爪を当てる
それはどこか苛立っているようで、長次は仙蔵の隣に座りそれをやめさせた

「あの人は、違う。」
「・・・・・・なんのことだ。」
「・・・あいつらとは違う。あの人は、私たちに危害は加えない。」

横目で長次を見た仙蔵は、その発言を鼻で笑う
けれど、長次は仙蔵の言葉を待っているようだ

「・・・くだらん。どうせ、すぐに本性をあらわす。」

一月としないうちにな。と忌々しげに眉を寄せ、仙蔵は手を強く握った
浮かぶ表情や出る言葉。すべてが3歳のそれとは違いすぎる

「あの女は、私たちの体を知らない。」

なぁ長次。と自嘲気味に笑った仙蔵は、ちらりと周りを見て
いつの間にか皆が注目していた中、伸びた爪を窓からの光に透かした

「私たちは、まるで化け物だな。」
「仙蔵、」
「一月と少しで、私たちの体は一年分の成長をする。爪や髪もどんどん伸びる。これを人間とは呼べん。」

あの女もじきに、私たちを奇異の目で見、蔑み・・・そこまで呟いたところで、伊作が両手を重ねて仙蔵の口を塞ぐ
その手をどかそうとした仙蔵は、伊作の手を掴んだまま固まった

「っく、ひっ、・・・ぅ、あ、」

下を向いていて表情はわからないが、確かに服を濡らし噛み締めて泣く
そんな伊作に口を塞がれたまま、すまない。と微かに告げれば、首を横にふった伊作が泣きやむまで手をどかそうとも文句を言おうともしなかった




「・・・誰か、帰宅時間を知ってる奴はいるか?」

本を閉じた文次郎に、クリアファイルから紙を取り出し調べだした仙蔵は書いてないな。と呟く
聞いてないぞ。という小平太に長次が頷き、今何刻なの?と伊作が留三郎に尋ねた
留三郎は、随分前につけた電気を見上げ、同じ様に灯りが沢山ある窓の外を見て

「ここは明る過ぎて時間がわからねぇよ。」
「・・・今は・・・夜の九時だそうだ。」
「くじとはなんだ?」
「知らん。」

そんなやり取りの中、小平太が無表情で玄関まで歩き、マットの上に座った
どうしたのかと隣に立った長次の手をつかむと、捨てられたかな。と泣きそうに顔を歪める

「・・・ここは寒い。風邪をひく・・・部屋に戻」
「いやだ。帰ってくるまでここで待つ。」

わたしは丈夫だから平気だ。と真っ直ぐ玄関を睨む小平太に、なにを言っても無駄だろうと早々に諦め、長次も隣に座り込んだ
その様子を見ていた文次郎は、二人の後ろまでくるとバカタレ。と一言
小平太を無理矢理立たせる

「なにをするっ!」
「体調を崩しても伊作は薬を煎じることはできん!!あの女が薬をくれるとも限らん!」
「だからなんだ!!」
「体調を崩さないよう最善を尽くすべきだと言ってるんだ!!生きて帰るんだろ!?俺たちは今、当たり前が当たり前でなくなってる!脆くなってるのがわかるだろ?体には気を配れ。」
「・・・帰れる、なんてまだ思ってるのか?文次郎。」

少し落ち着きを取り戻した両者が、見合う
ピリッとした空気に、仙蔵が小さくため息をついた

「なんだと?」

ギッと睨みつけた文次郎に、小平太はまん丸な目を向ける

「どうやって来たかもわからんのに、帰れるなんて希望は持てん。持てば、帰れないとわかったときの絶望から立ち直れなくなる。」
「それでも、諦めたりなんてできるか。」
「殴り合いになる前にやめておけ。」

ピシャリと割って入った仙蔵に、文次郎も小平太も従う
言い合いが最善でないことは、二人だってわかっているのだ

「そういや仙蔵、何かあったらめーるしろとか言われてなかったか?何時に帰るか聞いてみればいいじゃねぇか。」

クリアファイルからぺらりと紙を取り出し尋ねるが、仙蔵はいや。と首を振る
なんでだ?と首を傾げた留三郎に、考えてもみろ。と腕を組んだ

「仕事とは、私たちにとっては忍務だ。忍務中に緊急ではない文がくるのは迷惑だ。」

ただでさえ急な子供の存在は迷惑だろうに、その迷惑を重ねるわけにはいかん。
そう言い切り、長次に目配せして小平太を部屋に引っ張らせた


時計は二十二時をまわっていた

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