同棲未



「卿は毒にも薬にもならないことをよく気にするな。」
「別に、いいでしょうや・・・」
「わかった。かわりに卿は遊んだ人数を答えろ。」
「なっ・・・」
「俺が関係を持った女性は13人。内体を重ねたのが12人、心を通わせたのが7人、婚姻の話がでたのが5人で、婚約したのが3人。挙式を計画したのが2人で、実際に挙式に至ったのが1人だ。」

よく覚えてんな。というのが素直な感想だ。嫉妬心が沸き立つ前に、感動すらしてしまう。堅物で真面目な恋人は大変記憶力が良く律儀でもあるらしい、ちなみに誕生日くらいならまだ覚えていると女の名前と誕生日を言い出した姿に怒りが湧いた。聞いた本人が怒るなんて理不尽だが、自分の誕生日を聞きもせず祝うつもりもないだろう相手に不機嫌をぎゅっと詰めた目で睨んだ

「なぜ怒る。」
「・・・別に。」
「そうか。俺は質問に正確に答えた。次は卿の番だ。」
「・・・・・・遊んだ数?」
「やんちゃだと、ゼファー教官とガープ中将とに聞いている。」
「・・・。・・・両手で足りるくらいですよ。」
「そうか。娼館ではいつも同じ相手だったのか?」

え、と口を開いた恋人から手元に視線を下げたアレクシスは言い淀む姿に小さく息を落とし、冷気に顔を上げる。神妙な顔で何かを呟いた声を聞き直せば、クザンは笑みを浮かべて頭を掻いた

「買った女の顔なんて一々覚えちゃいませんよ。」
「そうか。恋われたこともあったのではないか?」
「別に、」
「贈り物はとっておくタイプか?」
「・・・覚えてませんよ。」

つまり、そういうこと。アレクシスは判断し、そしとそれは正解だ。手にあった袋をポケットにしまい直した、その動きにクザンは反応した
アレクシスの手をつかみ引き上げれば、その手につかまれる袋に何これと袋と驚いている珍しい顔を見比べる。まさか、と期待しすぐに否定したのは自己防衛だ。期待すればするだけ苦しいのは分かっている。痛いのだがと言われゆっくり手を離し、すみませんと謝罪した

「いや、構わない。折れてはいないようだ。」
「・・・そんな柔じゃないじゃないの。」
「俺の手ではなくこれがだ。」

テープをゆっくりと剥がし中身を確認してほっとしたようなアレクシスはテープを貼り直し、プレゼントだとクザンの前に置く
恐る恐る袋を手にしてテープを剥がしたクザンは中身を確認してぱっと顔を上げ、もう一度袋の中を覗き頬を染めた

「い、いの?」
「ああ。インクがきれたら言ってくれれば、店に案内する。共に買いに行こう。」
「・・・これ、なんて言うんすか?見たことないペンですけど。」
「万年筆だ。作らせたので手に合うとは思う。フルオーダーだ。卿の手は大きいからな。指も長い。ハッピーバースデイ、クザン。」

良い手だと頷くような姿に嘘は見えない。おめでとうの言葉は柔らかく、湧き上がる嬉しさに笑みが零れ大事にしようとペンを握る。鮮やかな青色のペンからは濃く深い青色のインキが線となり、サリサリと紙の上を滑った

「書きやすい・・・!」
「そうだろう。俺は入隊の時に頂いてな。今でも愛用している。」
「へぇ・・・そういえば、アレクシスさんの同期って誰になるんすか?」
「海軍には中途入隊だから同期と呼べる者はいない。十年は前だな。ずっとゼファー大将の、当初は中将だったが、お膝元にいたよ。その前は故郷で軍属だった。士官学校を出てすぐに入隊したからな、従軍歴は長い。」
「故郷って、偉大なる航路ですか?」

イスに深く腰掛けたアレクシスは見えないはずの空を仰ぎ、懐かしむように目を細める。今にも消えてしまいそうな儚さに戸惑いながら、クザンはアレクシスの言葉を待った

「果てしなく広がる無限の宙(そら)。あまねく星々は俺たちに夢を見せ、また己の小ささを自覚させ可能性を探させる存在だ。まだ見ぬ先にある無限の可能性。俺は二度と、故郷の地にはもちろん、国に帰ることは叶わないのだろうな。」
「・・・アレクシスさん、」
「訳が分からないのは卿が俺の故郷を欠片も知らぬからだろう。だが、それで良い。解らずとも、分かってほしいだけだ。この話は、卿だけにした。卿だから、話した。」

もう帰るよ。静かに席を立ち出て行こうとするアレクシスにイスを倒し立ち上がったクザンはなにを言えばいいのかわからず戸惑うように、振り返ってくれた顔を見つめる
アレクシスは大丈夫だと不安がるクザンに微かに苦笑し、玄関のドアノブに手をかけた

「Alles Gute zum Geburtstag,Kuzan.」
「え、なんて!?」
「また明日、職場で。」

静かに閉まるドアの向こうで足音が遠ざかる。クザンはおれだけ?なんで?と疑問に思いながらも、ちょっとずつちょっとずつ自分のことを教えてくれるアレクシスに幸福感に包まれた



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