「うまっ!」
「でなければ通いはしない。」
「またそういう事言う・・・」
「ならば何を言う。」
「あー・・・そうだな、あれだ、気に入ったならまた来よう。とか。」
「来たければくれば良い。」
「一緒にっすよ。」

最近、定刻とは言えないが深夜まで残業しなくなった。だからこうして食事ができる。幸せを噛みしめながら、僅かな表情の変化を察知できるようになった自分を誉めちぎった
少しでも不快に思われればさっと身を引いて、突っ込んでよさそうならうんと甘える。アンテナ張りすぎて疲れるし神経すり減ってため息がでるときもあるが、それでも良いとこを見せたくてクザンは頑張っていた。アレクシスが気づいてるとも知らずに

「クザン。」
「はい。」
「いつも卿には気を使わせる。」
「え?いや、別におれァなんも。」
「そうか。何かあれば、遠慮はいらない。諦めているのだろうが、溜め込まれると俺にどうにもできなくなる恐れがあるのだ。」
「・・・なら、いいですか。」

カチャとフォークを置いたクザンはぶるぶると震えながら拳を作り、きつく目を瞑って声を搾り出す。生真面目な上司兼恋人の吐く言葉に飾りはなく、虚言もない。だから遠慮はいらないは本心で、今はプライベートで甘えるチャンスだ

「別れたい、つったら、どうしますか。」
「別れる。当たり前だろう、卿がはじめたのだ、卿には終わらせる権利がある。」
「・・・ははっ、引き止めねェわけか。」
「引き止めて良いのか?良いのならば引き止めるが。」

引き止める?アレクシスさんが、おれを?夢を見ている心地で顔を上げたクザンは、真剣過ぎる顔に見惚れて頬を染めた。こうやって見つめられると直視できないのはクザンにだけある恋心とかいう奴のせいだ

「俺は基本情で動かない。打算もない。権利や義務を優先させる。それを卿が私情で動けというのなら、今日これから眠りにつくまではそうしよう。」
「・・・お願い、します。」
「そうか。承った。」

だから今仕事モードで返すなよ。脱力してため息をついたクザンはもう一度言えといわれ首を傾げる。もう一度とはどれのことで、何を言えばいいのか?分からないまま黙っていると、催促で求めるセリフの一つ前を口にしたアレクシスが動揺しながらも嫌そうに視線を反らしたクザンを急かした

「・・・別れたい・・・つったら、どうしますか。」
「理由は。」
「理由?理由・・・理由、え?理由?いやこれ例えばだから理由とかは、」
「ないのか。では、試しているのだな?」
「試す・・・ま、ぁ、そう、かな・・・もういいっすか?色々辛い。」

不機嫌になっていく部下兼恋人は少なからずベクトルが向いているのを知っているのか。知るわけはないかとしながらも、目の動き一つで状態の判断ができるのたから逆に不思議でならない。ひとえに好意を向けられるはずがないという思い込みのせいなのだが、それはアレクシスにはわからない難点だ。本当に、足して2で割ると至極バランスのとれた男になれるというのに

「気持ちを試す、か。卿はいつからそう傲慢になったのだ?」

鋭い眼光に身を竦ませたクザンは不機嫌をぶっ飛ばし、慌ててアレクシスに向き直り眉を下げる。注意されたことも指摘をされたこともよくあるが、怒られたことなど一度もない。得体の知れない恐怖に侵されながら、クザンはアレクシスを見つめた

「あのっ、あ、す、すみませんっ、幼稚な真似して」
「今時若い女でもしないであろうその行為を、男がするとはな。」
「待って!も、もう一度チャンスをっ、」

席を立つアレクシスに手を伸ばし腰を浮かせれば、その手はつかまれ引き寄せられる
バランスを崩し食べかけの皿をひっくり返す形でテーブルに手をついたクザンは、その強さに青ざめ周囲の目など気にできず何度も何度も謝った

「未だ、俺が好きか。」
「じゃなきゃっ、」
「ならば付いてこい。流石に人目がある。」
「ど、どこに、」
「ここでして欲しいのか。」
「なにを、」
「人の気持ちを試すようなお子様に、教育的指導を・・・な。」

そっと、耳元で囁かれたセリフは色を含み、艶めかしい。一瞬にして上気したクザンはなんとか落ち着こうと口元を拭ったり額をぐしぐしと押したりしてみるが、一向に落ち着かないのだ。焦ったように潤んだ目をきつく瞑り、震えた声で何度もアレクシスを呼んだ

「なんだ。」
「そんな、い、きなりっ、」
「私情で動くことを望んだのは卿だろう。」
「そうだけどっ、こんな人前で煽んなくたって・・・!」
「何を、期待した?」
「・・・ッ!」

可哀想なくらいに挙動不審になる姿に目を細め、会計をとチップ込みの紙幣を置きクザンを外へ連れ出す
アレクシスにつかまれるままの手は汗ばみ、緊張で胃は重い。これから何が起きるのかと予想しただけで吐きそうで、何をされるのかと想像しただけで下半身が熱を帯びる。苛立ちでも何でも暴くようにぶつけられるのなら最早ご褒美だ

「俺の住まいはすぐそこだ。トイレでもベッドルームでも貸し出すから処理してしまえ。」
「えっ、」
「耳元で囁いてから今までおさまる兆しがない。そのまま歩いて帰らせるのは同じ男として忍びないのでな。」

そして発された想定外に固まったのは、堅物上司から聞けるはずのなかったセリフを聞き舞い上がったせいだろう。奈落に突き落とされたかのような衝撃にめまいがし、いやだと手を振り払った

「そうか。その後一杯とも考えたのだが、それは次の機会としよう。では、家の近くまで送る。」

確かこっちだと歩き出す姿に迷いはなく、色々言いたいことを飲み込みながらこれくらいはと家への道を知る理由を尋ねたクザンは、立ち止まったその背にぶつかりかけて立ち止まる

「前は、毎日通っていた。」
「どこにですか。」

おれとはデートできないのによその女とはしてたのか。言外にそう言うクザンにいやと、アレクシスははっきり否定し振り返った

「仕事上がりに卿の部屋の前へ行き、名前を呼ぶのが日課だったのだ。安心してほしい。今はしていない。」
「いやそうじゃなくて、その、なんだ・・・おれ、全然気づかなくて、」
「日常的に覇気が使えるようになったら自ずと分かるようになる。それに、気づかれたいわけでもない。」

嫌いな奴の家に毎夜通うだろうか?ただの部下の家に毎夜通うだろうか?ぐるぐると考えながら口籠もるのは、単純に堅物で真面目で鉄仮面の上司を素を知らないからだ。今までそうだと思っていたものが無私を貫く故に固められたものだと知ってしまったのだ、もう、何が返ってくるのか予想もつかない

「・・・すげ、嬉しい、」
「何がだ?」
「おれのこと、気にしてくれたって・・・ことっすよね?」
「当たり前だろう。」

やっぱり好きだとうずくまったクザンを家に送り届け、アレクシスはまた明日なと軽くその肩を叩く
クザンはあまりにフランクな態度に勢いよく振り返り、階段を降りていくその体を腕を掴み引き留めたのは反射で、きつくアレクシスを抱きしめた

「好き・・・っ、です!」
「知っているよ。ありがとう。」


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